高岡銅器は、約400年前より主に富山県高岡市で生産されている金工品です。
江戸時代初期、二代目加賀藩主・前田利長公が高岡城を築いた際、城下繁栄の新たな産業政策として、7人の鋳物師や刀装彫金師を招いたことが始まりとされています。
鋳物師たちを中心に鋳造工場を富山県高岡市に作り、当初は鍋や釜等の日用品や農作業用の鍬や鋤などの実用的な鉄鋳物を製作していました。
江戸時代中期になると、生活や文化の水準が向上し、仏具や梵鐘、灯篭、大仏のような大型のものなど「唐金鋳物」が盛んに作られるようになります。特に仏具は、一般家庭にも仏壇が普及したことにより需要が高まり、高岡の鋳物産業は大きく発展しました。
「唐金鋳物」とは、主に銅に錫を加えた青銅を基本とする合金鋳物で、用途に応じて鉛などを加える場合もあります。銅合金は鉄に比べて流動性が高く、複雑で繊細な造形が可能であるとともに加工性にも優れ、美術工芸品に適した素材です。
こうした特性を生かし、美術品や仏具、花器、茶道具など、美術性の高い製品が数多く作られるようになりました。
さらに、品種の増加により、着色や象嵌、彫金といった加飾技術も発展し、装飾性豊かな工芸へと展開していきます。
刀装具に用いられていた彫金や象嵌といった精密な装飾技法が取り入れられたことで、高岡銅器は生活用品を超え、美術品としても高く評価されるようになりました。
明治時代には、パリやウィーンで開かれた万国博覧会にも出品され、高い評価を受けました。これにより世界でも知られるようになり、輸出工芸品として美術銅器は確固たる地位を確立しました。
製造工程は、原型作りから始まり、鋳型の作成、溶解した金属の鋳込み、冷却・型外しを経て、研磨や彫金、着色といった仕上げ加工が施され完成します。
それぞれの工程は専門の製作所や職人による分業制で行われており、一つの地域でその工程が完結する点は、他産地にはあまり見られない高岡銅器の大きな特徴です。
「高岡銅器」という名称ではありますが、真鍮や青銅などの銅合金以外に加え、アルミ合金・錫・鉄・金・銀など様々な金属も用途に応じて用いられています。
1975年には、国の伝統工芸品指定を受けました。
力強さと繊細さ、そしてしなやかさを併せ持つ造形は高岡銅器の大きな魅力であり、時間の経過とともに生まれる風合いの変化も楽しむことができます。
初代長翁斎は江戸後期より活躍された作家であり、江戸幕府の御用金工師の直系である錺師(かざりし)として名が知られています。現在までに三代目の長次斎氏の作品が確認されています。
主に銀製品の作品を手掛けており、銀瓶や急須、煙管などの作品が確認されています。現代までに残っている作品が少なく、希少性の観点から市場では注目度が高い傾向にあります。
幕府からも愛されたその精巧なる美しい造りは、現代においても愛好家の中で語り継がれています。
フランクリン・ミント社は1964年にジョセフ・セーゲルによってペンシルベニア州で設立された、模型や記念コインなどのコレクション用アイテムを専門的に取り扱う会社です。
設立当初は、珍しいコインや切手を中心的に取り扱っていましたが、時代が進むにつれ、現在は精密模型、宝飾品、彫刻、ヴィンテージ品など様々なジャンルを取り扱っております。
1980年にはワーナー・コミュニケーションズに買収されました。その後1985年に再度売却され、2020年には「リテール・イーコマース・ベンチャーズ(REV)」が買収しました。オンライン販売の更なる展開を経て、半世紀以上続くコレクションブランドの歴史は今現在でも世界中のコレクターに愛されています。
小堤良一は、ブロンズを用いた彫刻作品で知られる彫刻家です。
東京都港区の赤坂DSビルに設置された「梟」をはじめとする作品が、公共施設などに多数設置されています。
1953年に東京都で生まれた小堤は、肉体を使って創造する「彫刻」に魅力を感じ、彫刻家を志しました。大学入学後、エミリオ・グレコ、ジャコモ・マンズーなどの躍動感のある表現に刺激を受け、イタリア彫刻風の作品制作を始めます。その後、新たな表現を求め、舟越保武のもとで学びました。
小堤は特定のモデルを使わず、制作の過程で生まれるアイデアを活かすというスタイルが特徴です。近年はブロンズだけでなくテラコッタを用いた作品にも取り組み、自由な造形表現を追求しています。また、依頼制作を契機に動物モチーフを取り入れたことで表現の幅が広がったそうで、その後も新しいモチーフに積極的に挑戦しながら「見る人が豊かな心持ちになれるような作品」を目指して制作を続けています。
林 美光は、秋田県出身の金属工芸作家です。
10歳頃から彫鍛金師の父親のもとで金工を学び、18歳の日展初入選以降、16回にわたって入選を重ねました。その後、ステンレス彫鍛金の特殊技能者として数多くの作品を手掛け、国内外で個展を開催しています。
林は、江戸時代に秋田藩の正阿弥 伝兵衛が考案したものの、一時途絶えてしまった「金銀銅杢目金(金・銀・銅など複数の金属を重ねて加工し、木目のような模様を浮かび上がらせる技法)」に魅了され、再現を試みました。
20代で金銀銅杢目金と出会い魅了された林は、試行錯誤を重ね、60代半ばにして作品を完成させます。江戸時代では刀の柄や鍔の装飾に用いられていたこの技法を、花器や飾箱などの工芸作品に応用しました。
その後も精力的に制作活動を続け、2023年には秋田県指定無形文化財「杢目金」保持者として認定されています。
代表作には『華厳』『金剛峯』『荒海』などがあります。
青鳳(せいほう)としても名が知られている内島市平は、彫金家として今現在でも注目度が高い作家です。
1881年富山県高岡市出身の内島市平は、細川松次郎氏に彫金術を学び日展に何度も入選を果たし、若くしてその名を知られるようになります。1928年には高岡工芸学校教諭として務めていました。更には国会議事堂銅扉装飾金具仕上げに従事したり、ベルギー万国博覧会にて名誉大賞を受賞、晩年は陶器の製作も行うなど、活躍の場を広く展開していました。
主な作品は銀を用いた香炉や置物です。
美しく輝く銀ならではの特性を生かし、高度で繊細な技術によって生み出されるデザインは、先端にまでこだわり抜かれ、圧倒的な表現力を備えているのが特徴です。