
ご自宅の片づけで象牙の置物が出てきたとき、「これは売れるのだろうか」と悩む方は少なくありません。
現在の日本では、象牙の取引には厳しいルールがあり、とくに「全形」と規定される“牙の形を保った象牙”の売買には「登録票」が必要不可欠となっています。
この記事では、
- 象牙登録票とは何か
- どんな象牙に登録票が必要になるのか
- 個人が自分で登録票を取得する流れ
を中心に、やさしく整理していきます。
象牙そのものの価値の話ではなく、「登録票」まわりの仕組みと手続きに焦点を当てた内容です。
目次
象牙と登録票の関係を簡単にご紹介
日本では、「種の保存法」と呼ばれる法律により、象牙など絶滅のおそれのある野生動物由来の品物の取引が厳しく管理されています。象牙については、ワシントン条約の規制対象となったあとに、国内のルールも整備されました。
ここで重要になるのが、「象牙登録票」という仕組みです。
- 登録票は、その象牙が一定の条件を満たしていることを証明するためのカード
- 登録票とペアになっている象牙については、国内での売買や譲渡が認められる
- 登録票がない牙の形をした象牙の取引は、原則として禁止
つまり、「登録票があるかどうか」で、その象牙を合法的に動かせるかどうかが変わります。
反対に、登録票がない牙状の象牙を買取に出したり、人に譲ったりするのは、法律違反になるおそれがあります。
登録票が必要な象牙・不要な象牙
まずは、どのような象牙に登録票が必要なのかを整理しましょう。
「全形牙」とは何か
登録票が必要となるのは、「全形を保持した象牙」、通称「全形牙(ぜんけいげ)」と呼ばれるものです。
環境省や自然環境研究センターでは、主に以下の3種類を全形牙として定義しています。
- 生牙(せいげ): 原木(未加工)の状態の牙
- 磨牙(まげ): 表面を研磨した牙
- 彫牙(ちょうげ): 牙の形を保ったまま彫刻が施されたもの
これらは、先端から根元まで牙の形が残っている象牙をイメージすると分かりやすいです。
彫刻があっても、「牙の形」が分かる状態であれば、全形牙に含まれます。
この全形牙の売買・譲渡・貸し借り(有償・無償を問わず)を行う場合、牙1本ごとに対応した「登録票」が必ず必要になります。
登録票が不要な象牙製品の例
一方で、象牙でも登録票が不要なものがあります。たとえば、次のような製品です。
- 象牙の印鑑
- 麻雀牌
- ビリヤードのボール
- 楽器のパーツ(一部の鍵盤など)
- 小さなアクセサリー、根付け など
これらは、すでに細かく加工されており、牙の形そのものが残っていない加工品なので、「個々の品物ごとに登録票を付ける必要」はありません。
ただし、注意点として、事業として象牙製品の取引を行う場合は、象牙登録票とはまた別に、事業者に課せられたルールが存在します。
事業者として象牙を扱う場合に必要になる手続き
骨董商やリサイクルショップなど、商売として象牙製品を取り扱う場合は、象牙の種類によって手続きが変わります。
全形牙
1本ごとに登録票が必須
カットピース(牙を切断したもの)や加工品
「特別国際種事業者」の登録が必要(事業として扱う場合)
個人の方が、自宅の全形牙を登録して、その後に買取店へ持ち込むという流れと、お店側が「事業者登録」をして象牙製品全般を扱うという流れは、別の話として整理しておくと分かりやすくなります。
象牙登録票の基礎知識
ここからは、登録票そのものを少し詳しく見ていきます。
登録票に書かれている主な項目
登録票には、象牙ごとの情報が紐づけられています。たとえば次のような項目です。
- 登録番号
- 登録年月日
- 象牙の種類(アフリカゾウ/アジアゾウなど)
- 全長・重量
- 形状や特徴(彫刻の有無など)
- 所有者の氏名(または名称)
登録票と象牙は1本ずつ対応するため、「この牙にはこの登録票」というセットで管理することが重要です。
登録票が果たしている役割
登録票の役割は、大きく分けて二つあります。
- 違法な象牙を国内流通に紛れ込ませないためのチェック
ワシントン条約で規制される前から国内にあった牙など、登録できる条件を満たしているものだけを、登録票付きで流通させる仕組みです。 - 取引の正当性を示す証拠
買取店などに持ち込む際、登録票があることで、その象牙が正しく登録されたものであることを示せます。
そのため、登録票のない全形牙の売買・譲渡は、基本的にNGと理解しておくと安心です。
象牙登録票の取得方法(個人所有の象牙の場合)
この章では、個人で象牙登録票を取る流れを説明します。
※以下は記事執筆時点の情報にもとづいた概要です。手続きや手数料は変わる場合がありますので、実際の申請前に必ず環境省や自然環境研究センターの公式情報をご確認ください。
まず確認したい「登録できる象牙かどうか」
登録申請ができる象牙には条件があります。たとえば、
- ワシントン条約で象牙が規制される以前に国内で取得された象牙
- もしくは、それに準ずると認められる象牙
これを証明するために、取得時期や経緯を自己申告したり、必要に応じて追加資料(古い領収書、鑑定書など)を求められたりすることがあります。
場合によっては放射性炭素年代測定などの科学的分析が必要になるケースもあります。
手元の象牙が登録可能かどうか不安なときは、先に自然環境研究センターへ相談しておくと安心です。
申請の流れ(ステップごとの手順)
個人が全形牙を1本登録するケースを想定して、一般的な流れをまとめます。
Step1 自然環境研究センターへ問い合わせ
まずは、登録を担当する機関である一般財団法人 自然環境研究センター(個体等登録・認定機関)に連絡します。
- 電話で相談し、登録の可否や必要な書類を確認
- 場合により、ウェブサイトから様式をダウンロードすることも可能
問い合わせの段階で、象牙の状態や保管状況、いつ頃から家にあるものかなどの概要を伝えると、その後の手続きがスムーズです。
Step2 申請書類の取り寄せと記入
次に、登録申請書や取得経緯の自己申告書など、必要な様式を用意します。
- 登録申請書
- 取得経緯の自己申告書
- 場合によっては別紙 など
書き方が分からない箇所は、早めにセンターへ確認しておくと安心です。
Step3 象牙の計測と写真撮影
登録には、象牙の情報を示す計測値と写真が必要です。
- 全長(根元から先端までの長さ)
- 重量
- 牙全体が分かる写真
- 登録票交付後の管理のため、特徴が分かる角度から複数枚撮影することもあります
写真は、象牙が1本ずつ識別できるように撮ることが大切です。
複数本ある場合は、それぞれを区別できるように工夫します。
Step4 手数料の支払いと書類の郵送
申請には手数料がかかります。
全形牙1本につき:5,000円(改正後の金額)
以前は3,200円でしたが、法改正により、現在は原則5,000円となっています。
支払い方法(振込・収入印紙など)は、自然環境研究センターからの案内に従います。
そのうえで、以下をまとめて指定された宛先に郵送します。
- 申請書類
- 写真
- 身分証のコピーなど必要書類
- 手数料の支払いに関する書類
- 年代測定結果の証明書類(年代測定を行った場合)
個体等登録に必要な「年代測定」について(留意事項)
象牙の個体等登録を行うためには、「規制適用日より前に取得されたことを証明する書類」が必要です。 これらの証明書類がない場合、放射性炭素年代測定などの科学的証明が必要となります。
この年代測定にかかる費用は申請者の自己負担となり、手数料とは別にかかります。
年代測定の目安費用(一例)
- 簡易測定(試料1箇所): 83,000円(税別)〜
- 高精度測定(試料2箇所): 155,000円(税別)〜
これらの費用は測定機関によって異なり、納期によっても変動する場合があります。具体的な費用については、年代測定を実施する専門機関に直接お問い合わせください。年代測定が必要かどうか、どの程度の測定精度が求められるかについては、事前に自然環境研究センターに相談することをお勧めします。
Step5 審査〜登録票の交付
書類が受理されると、センター側で審査が行われます。
- 内容に不備がある場合 → 修正や写真の追加を求められることがある
- 問題がなければ → 登録が完了し、登録票が交付される
処理期間の目安としては、おおむね1〜3か月程度とされることが多いです。ただし、書類の修正や追加調査が必要な場合は、より時間がかかる可能性があります。
申請に必要な書類
ケースによって細かな違いはありますが、典型的には次のような書類が求められます。
- 登録申請書
- 取得経緯の自己申告書
- 象牙の写真
- 申請者の身分証明書のコピー(運転免許証など)
- 必要に応じて
- 象牙取得時の領収書や保証書
- 遺品であることを示す資料 など
公式サイトから最新の「必要書類一覧」を確認し、抜け漏れのないように準備することが大切です。
手数料と期間の目安
改めて、手数料と処理期間の目安をまとめると次のようになります。
手数料:
ぞう科の牙(生牙・磨牙・彫牙)1点につき 5,000円
処理期間:
およそ 1〜3か月程度
実際の金額や期間は改定される可能性もあるため、申請前に必ず最新の公式情報を確認してください。
登録票を使うときのポイント
登録票を取得したあとも、いくつか気をつけたい点があります。
買取・売却・譲渡の場面で気をつけたいこと
全形牙を買取に出す場合や、他の人に譲る場合は、
- 象牙そのもの
- 対応する登録票(原本)
をセットで渡すことが原則です。登録票が手元に残ったままだと、後々トラブルの原因になります。
また、登録票の交付を受けた全形牙を破砕して処分した場合などには、一定期間内に登録票の返納が必要とされるケースもあります。
売買や譲渡の形だけでなく、「もらった」「貸した」「預かった」といった形も広い意味での“譲渡し等”に含まれるため、安易に動かさないことが大切です。
ネットオークションやフリマアプリ利用時の注意点
近年はネットオークションやフリマアプリで多くの品物が取引されていますが、象牙については特に注意が必要です。
- サービスによっては、
象牙の全形、カットピース、象牙加工品を全面的に出品禁止としているところもある - 登録票があっても、利用規約上出品できないケースが多い
そのため、「登録票があるから、どこでも売ってよい」というわけではありません。法律上のルールと、各サービスの規約は別物なので、両方を確認することが欠かせません。
登録票をなくした・内容が変わったとき
登録票を紛失した場合や、象牙の特徴が変わった場合(追彫りをして見た目が大きく変わったなど)は、再交付・書換申請の手続きがあります。
- 紛失した場合:再交付申請
- 長さや重さの記載が実物と大きく異なる場合:書換交付申請
この点についても、具体的な手順は自然環境研究センターの案内に従う形になります。
登録票は象牙とセットで管理し、日頃から保管場所を決めておくと安心です。
象牙登録票に関するよくある疑問
相続した象牙に登録票がない場合、売ることはできる?
相続そのものは、売買や譲渡と異なる扱いになりますが、相続した象牙を売ったり他人に譲ったりする場合には登録票が必要です。
登録票がない全形牙は、そのままでは買取に出せません。
売却を検討しているときは、まず所有者として登録申請を行い、登録票を取得してから査定を依頼する流れが一般的です。
象牙の印鑑や麻雀牌にも登録票は必要?
印鑑や麻雀牌、ビリヤードの球など、牙の形をしていない加工品には、個々の品に対して登録票をつける必要はありません。
ただし、これらを事業として取り扱う場合は、別途特別国際種事業者の登録が必要です。一般の個人が、自宅にある印鑑を使うだけであれば、登録票までは求められません。
登録票があれば、象牙を海外に持ち出しても大丈夫?
登録票は国内取引のための証明書であり、輸出のための許可証ではありません。
種の保存法の登録票を持っていても、象牙や象牙製品の海外持ち出しには、別途厳しい規制があります。基本的には、ワシントン条約のルールにより、象牙の輸出入は原則禁止と理解しておくのが安全です。
旅行や引っ越しなどで海外へ持ち出したい事情がある場合は、安易に行動せず、必ず事前に関係省庁へ相談しましょう。
象牙の登録票の有無はどうやって確認すればいい?
登録票がある場合、カード状の登録票そのものや、登録番号が記載された控えなどが保管されているはずです。
家族や親族の持ち物だった象牙の場合、書類の保管箱や金庫、タンスの引き出しなどを探してみると見つかることがあります。
見当たらない場合は、自然環境研究センターに相談し、登録履歴の有無を確認してもらう方法も検討できます。
まとめ——安心して象牙を楽しむために、登録票も一緒に管理しよう
象牙の登録票は、「ちょっと面倒な紙のカード」に見えるかもしれません。しかし、現在の日本ではこの登録票が、象牙を安心して扱うための“鍵”になっています。
あらためてポイントを整理すると、次のようになります。
- 牙の形を保った象牙(全形牙)の売買・譲渡には、登録票が必須
- 登録票は、
- 象牙が適切な条件を満たすことを示す
- 合法的な国内取引を行うための証拠になる
- 個人でも、自然環境研究センターを通じて登録申請ができる
- 登録票がない象牙を安易に動かすと、法律違反になるおそれがある
ここまで読んで、象牙の価値や、施された美しい彫刻を楽しむには、守るべきルールがあるということをお分かりいただけたのではないでしょうか。
もしご自宅に牙状の象牙があって、「登録票の有無が分からない」「これから売却も考えている」という場合は、まず一度、登録票の有無を確認し、必要に応じて自然環境研究センターへ相談することから始めてみてください。
そうすることで、象牙という素材の魅力を楽しみつつ、野生動物を守る取り組みにも、静かに参加していくことができます。


















