田村七宝工芸

「田村七宝工芸」は尾張七宝の発祥の地である七宝町にて、1883年から代々続く窯元です。

七宝焼とは、金属の表面に色鮮やかなガラス質の釉薬を施し、高温で焼き上げた工芸品です。
その中でも「尾張七宝」は、主に現在の愛知県あま市七宝町を中心に生産された七宝焼で、1975年に経済産業省指定伝統工芸品に指定されています。

尾張七宝は、1830年~1844年に尾張国の梶常吉がオランダ船によって輸入された七宝の皿を研究し、その製法を解明、改良したことにはじまるとされています。図柄の輪郭部分に銀線を施す「有線七宝」が多く用いられ、繊細な輪郭が際立たされています。

「田村七宝工芸」の初代は太田春治郎、二代目は太田金改と伝えられていますが、詳細な記録はあまり残っていません。作品は海外に多く所蔵されています。

三代目の田村幸夫は祖父の影響を受け、近代工芸の先駆者である藤井達吉に師事します。
制作した作品はイラン皇帝に献上されたほか、宮内庁に購入されるなど高い評価を受けています。
日本工芸会正会員として活動し、製品制作中心の窯元が多い尾張七宝界において、名を冠して評価された数少ない七宝作家でした。

四代目の田村丈雅は、父である三代目・田村幸夫に師事し、初期には「太田丈雅」の名で作品を発表していました。三代目没後は「田村丈雅」を名乗ります。
多摩美術大学油絵学科で絵画・造形を学び、写実的文様や現代的デザインまで幅広い表現を展開しています。

五代目の田村有紀は、武蔵野美術大学造形学部建築学科で設計やデザインを学び、2012年より父である四代目・田村丈雅に師事します。
2015年には七宝ジュエリーブランドを立ち上げ、伝統技法を基盤としながら現代的感性を取り入れた制作を行っており、七宝焼の新たな可能性を拡張しています。