藤平伸は京都を代表する陶芸家です。
1922年、京都市五条坂の清水焼窯元「藤平陶器所」を営む藤平政一の次男として生まれました。幼い頃から父の仕事を身近に見て育ち、1940年に京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)窯業科へ入学します。
しかし、2年生の時に結核を患って退学し、その後約4年間の闘病生活を送りました。療養中はスケッチや読書に励み、回復後は銅版画教室にも通うなど創作への研鑽を続けます。
本人が「病気をしていなかったら、いまの自分はなかった」と語るように、この経験が彼の作風を育む重要な礎となりました。
1951年頃から父のもとで本格的に陶芸の道へ入り、1953年に日展で初入選を果たします。1956年に京都陶芸家クラブに入り、六代目清水六兵衛の指導を受けました。そして、翌年の第13回日展に出品した陶板レリーフ『うたごえ』で特選・北斗賞を受賞し、京都を代表する陶芸家として高い評価を得ます。
1970年に京都市立芸術大学助教授、その数年後には教授に就任し、1988年に退官するまで後進の育成にも尽力しました。
藤平はメルヘン的な世界観を陶芸で表現しており、モチーフの一部には、墓に埋納された明器(みょうき)の影響も見られます。その独自の感性と自由な発想によって生み出される作品は、まさに藤平伸ならではの唯一無二のものです。
橋本 大輔(はしもと だいすけ)は、独自の美しい天目(てんもく)釉を追求し続ける、現代の人気作陶家の一人です。
1972年生まれ。京都府陶工高等技術専門校などで伝統的な作陶の技術を学んだ後、2代目橋本城岳に師事します。そして天目釉の妖艶な美しさに魅了され、その研究と再現、さらには現代的な進化に情熱を注いできました。
「飾るだけでなく、使ってこそ真価を発揮するうつわ」として、国内外の器好き・日本酒好きから絶大な支持を集めています。
黒川大介は、吹きガラスを中心に制作を行う日本のガラス作家です。
黒川は福岡県に生まれ、2001年に千葉大学工学部デザイン工学科へ進学しました。その後、2005年に東京ガラス工芸研究所へ入学し、2006年には「高岡クラフトコンペ」にて特別賞を受賞しました。2007年の同研究所卒業時には、卒業制作展において大賞および大衆賞を受賞しています。
卒業後は「グラススタジオmoi」のスタッフを務め、さらに文化財修復などでも知られる「株式会社猿江ガラス」に勤務し、熱心に研鑽を積みました。また、2010年には「グラスクラフトトリエンナーレ」にて2点入選、2011年には「第五回 酒の器展」に入選するなど、着実に実績を重ね、2014年よりフリーの作家として本格的な活動を開始しました。
制作技法は主に「吹きガラス」で、器や酒器、花器、硝子球など多岐にわたるお品物を手掛けています。ガラスが持つ変幻自在な魅力と光による表情の変化を巧みに捉え、小さな器の中に壮大な世界観を表現することを得意としています。
彼の作品の最大の特徴は、夜空に輝く月や銀河、星雲、太陽といった「宇宙の情景」をテーマにしている点です。手のひらに収まるような酒器や硝子球の中に、満天の星空や壮大な小宇宙を閉じ込めたかのような、神秘的な世界観が描き出されています。 主に高温で溶けたガラスを操る吹きガラスの技術をベースに、緻密な金属の加飾や、冷却後の高度な切削・研磨技術を組み合わせることで、宇宙にきらめく星々や星雲の複雑なグラデーションを表現しています。
黒川大介は、専門機関や工房での研鑽を経て培った技術を背景に、ガラスを用いて手のひらの中に壮大な小宇宙を表現し続ける、現代ガラス工芸界を代表する作家の一人といえます。
鷹取 閑山(たかとり かんざん)は1924年生まれの備前焼の作家です。
古くから備前焼の伝統を守り続けてきた「備前焼窯元六姓」の一つである寺見家に生まれ、実兄である名匠・森宝山の元で修行し、後に人間国宝の藤原啓にも師事しました。
閑山の作品は、端正な形作りと備前焼ならではの力強さ、土と炎が織りなす素朴な美しさが魅力です。しっかり焼き締まった硬質な地肌に、炎の当たり方で色が変わる「窯変(ようへん)」が印象的な作品を残しています。
鷹取 閑山が構えた登り窯は現代も使われており、彼の弟子たちが多くの作品を発表しています。今なお多くの骨董・陶芸ファンに親しまれている作家です。
山本広巳は、三重県四日市市に伝わる伝統工芸 萬古焼 を、実用工芸の枠を超えた芸術作品へと昇華させた現代陶芸家の一人です。
萬古焼の代名詞ともいえる「紫泥」の魅力を極限まで追求した作品は、一切の過度な装飾を排した端正な造形でありながら、金属器を思わせるような硬質感と、手仕事ならではの柔らかな曲線美を兼ね備えています。
特筆すべきは、その圧倒的な肌合いの美しさです。厳選された良質な土を長い時間をかけて練り上げ、焼成後も丹念に磨き込むことで、シルクのように滑らかで吸い付くような独特の質感を実現しています。使い込むほどに艶が深まり、経年変化を楽しめる点も高く評価されています。
また、茶器、特に急須制作においては、注ぎ口の水切れや蓋の精密な密閉性など、実用面でも極めて完成度が高く、煎茶愛好家や海外コレクターからも高い人気を誇ります。
伝統的な萬古焼の技術を継承しながら、現代的な洗練を纏わせた山本広巳の作品は、日本の手仕事文化の美意識を体現した逸品として高い評価を受けています。
大田垣蓮月は、幕末から明治初期にかけて、和歌・書・陶芸を通じて活躍した文化人です。
大田垣は、武家の血筋に生まれ、幼少期に大田垣家の養女として迎えられました。40代前半までに夫や子どもを次々と失い、こうした不幸を経て出家し、「蓮月尼」と名乗り、和歌や書、陶芸の分野で活動しました。その後は和歌を中心に文芸活動を行い、同時に自作の陶器に自詠の歌を刻む独自の作風を確立しました。素朴な器形に平明な言葉で詠まれた和歌を組み合わせた作品は『蓮月焼』として知られ、文学と工芸を融合させた表現として評価されています。
彼女の作品は、和歌・書・陶芸が一体となった総合的な表現に特徴があり、流麗でやわらかな仮名書と、型を用いず手びねり(手づくね)によって成形された温かみのある造形に独自の魅力が見られます。また、日常的な器に和歌を刻むことで実用性と芸術性を兼ね備えており、贈答品や交流の媒介としても機能していました。
大田垣蓮月は、自らの表現によって活動の場を広げた文化人ともいえます。