マックス・ノイマン

ドイツを拠点に国際的に活躍する現代画家、マックス・ノイマン(Max Neumann)は、人間の内面や存在の根源を揺さぶる独自の画風で知られています。

1949年にドイツのザールブリュッケンで生まれた彼は、カールスルーエ芸術大学やベルリン芸術大学で学びました。彼の作品の最大の特徴は、「顔のない人物像」です。輪郭のみが強調されたシルエットや、目鼻立ちを排した頭部は、特定の個人ではなく「人間そのもの」の孤独や静寂を象徴しています。

彼の作風は、新聞、雑誌、夢、記憶といった多様な断片を再構成する手法をとっており、背景を排した無機質な空間に配置されることで、見る者に強い心理的な緊張感と深い想像を促します。色彩は黒を基調としながらも、時折差し込まれる鮮やかな色が感情のアクセントとなり、静謐ながらも力強いメッセージを放ちます。

これまでに世界中で150回以上の個展を開催しており、ベルリン国立美術館など著名な美術館に作品が収蔵されています。そのミステリアスで詩的な表現は、現代アートシーンにおいて高く評価されています。

森内 敬子

森内敬子は、具体美術協会の最後の会員として知られる現代美術家です。

森内は大阪府に生まれ、1962年に大阪樟蔭女子大学国文学科へ入学し、具体美術協会の設立者・吉原治良に師事しました。1965年に渡米した後はニューヨークを拠点に活動し、イサム・ノグチアド・ラインハートらと交流を深め、前衛美術や抽象表現の影響を受けながら独自の芸術表現を築いていきました。1968年には具体美術協会に加入し、グループが解散する1972年まで在籍しました。

森内敬子の作品は、多彩な色彩を用いた抽象的な表現を特徴とし、独自の世界観を持つ作風として知られています。構図には幾何学的な構成を思わせる作品も見られ、作品によっては金や白金を取り入れることで、静謐さの中に華やかさや奥行きを感じさせる画面を生み出しています。近年の作品では、スパイラルや反復的なモチーフを用いた抽象表現も多く見られます。

森内敬子は、反復や構造性を取り入れた抽象表現を通じて、独自の作品世界を展開した作家と位置づけられます。

レイチェル・ニコルソン

レイチェル・ニコルソン(Rachel Nicholson)は、イギリス出身の画家です。父は抽象絵画で知られるベン・ニコルソン、母は彫刻家のバーバラ・ヘップワースであり、戦後イギリス美術を代表する芸術家一家に生まれました。

筆を執ったのは40代になってからで、油彩・アクリルによる静物画や室内風景を中心に制作を始めました。器物やテーブル上のモチーフを単純化された形態と抑制された色面構成で描くのが特徴です。写実性よりも形と色の関係性を重視し、半抽象的な画面構成を通じて静謐な空間性を表現しています。

彼女の作品はイギリスのみならず世界各国で愛され、父のベン・ニコルソンとの展覧会が近年アメリカで開催されました。

五木田 智央

五木田智央は、東京を拠点に活動する日本の現代美術家です。

五木田は、ドローイングやモノクロームの人物画で国際的に高く評価され、抽象と具象を往還する独自の表現で知られています。武蔵野美術大学を卒業後、当初は商業デザインやイラストレーションの分野で活動していましたが、次第にファインアートへと軸足を移しました。2000年代初頭、ドローイング作品の制作を本格化し、作品集『ランジェリー・レスリング』を刊行し注目を集めました。それ以降、国内外で個展・グループ展に参加し、特にアメリカ・ヨーロッパでの評価を高めました。

彼の作品は、人物像を主なモチーフとし、顔を塗りつぶす・歪めるなどの抽象的イメージへ変形する表現が特徴です。白・黒・グレーのみで構成されたものが多く、雑誌や写真、印刷物など既存イメージを参照し、それらを組み替えるコラージュ的発想で構成されています。こうした要素が重なり合うことで、強い視覚的印象と独自の世界観を生み出しています。

五木田智央は、その独自性の高い作風により、国内外のアート市場において人気を集めている作家の一人です。

ミズテツオ

ミズテツオ(水島 哲雄)は、1944年東京都生まれの画家です。

アメデオ・モディリアーニの作品に影響を受けたとされ、1971年より武蔵野美術学園にて絵画を学び、本格的に創作活動を開始しました。1980年代には「フラッグ」シリーズの制作を開始し、関心を集めました。

彼の作品は「国際信号旗」をモチーフとした幾何学的抽象表現を中心に展開されており、正方形や矩形の画面に細線で区切られた鮮やかな色面を配置する構成が多く見られます。また、人物や風景を題材とした作品も手がけており、明確な輪郭線と色面の対比によって画面を構成する点に特徴があります。

さらに、長野冬季オリンピックのフィギュアスケート会場「ホワイトリング」の陶壁画を制作したほか、国内外での展覧会やアートフェアへの出品などを行いました。

大沢 昌助

大沢 昌助(おおさわ しょうすけ)は日本の洋画家で、油彩を主体に制作を行い、色面の重なりや構成によって画面の調和を探る作風が特徴とされています。

初期には人物や具象的な主題を扱った作品が見られ、そうした作品では繊細で落ち着いた色彩感覚と柔らかな描写が特徴でした。その後、次第に色彩と形態の関係を重視した表現へと展開し、抽象的な画面構成へと移行していきました。

色彩や構成そのものによって画面の印象を形成する点に重きが置かれており、日本の戦後洋画における抽象表現の流れの中で、その一端を担った作家として評価されています。

浜田 泰介

浜田泰介(はまだ たいすけ)は、愛媛県宇和島市出身の日本画家です。 彼は、色彩や形態を駆使して、視覚的なインパクトを強調する作品を制作しており、日本画という枠に囚われない独自のスタイルを確立しています。 早期は抽象画家と …

パブロ・ピカソ

パブロ・ピカソはフランスを拠点に活動した画家で、キュビズムの創始者です。 現代においてその名を聞かないことはないほどの有名画家であり、「20世紀最大の画家」と呼ばれています。 生涯に渡って芸術活動を行い、残した作品は油彩 …

サルバドール・ダリ

サルバドール・ダリはスペインが生んだ20世紀を代表する最も多才な画家です。絵画はもちろんのこと彫刻、版画、舞台装置や衣装のデザイン、映画制作と実に幅広い表現活動を行っていました。 そんなダリは6歳の頃に初めて風景画を手掛 …

レスリー・セイヤー

カリフォルニア在住の女流画家です。 1947年、アメリカのアリゾナ州フェニックスにて生まれました。 レスリー・セイヤーの作品は、色鮮やかで明るい花々をモチーフに描かれています。抽象画の柔らかいフォルムが色彩豊かな花とマッ …

マン・レイ

マン・レイは20世紀のアメリカ出身の画家、写真家です。 絵画や写真だけでなく、彫刻や映画製作など芸術に関して多彩な才能を持つ方でもありました。 マン・レイの作品の評価は彼の生きた時代を含めあまり高くありません。 芸術家た …

前川 強

前川 強(まえかわ つよし)は、前衛芸術グループである『具体美術協会』に属する日本を代表する抽象画家、美術家の一人である。 1959年より具体美術協会の創設者である吉原治良に師事。 織りの粗い麻布(ドンゴロス)で『ひだ』 …

元永 定正

自然現象を用いた抽象作品を得意とした画家・元永定正。近年の具体美術の再評価とともに、現在その人気は国内外問わず非常に高いものとなっています。 定正は1922年、三重県に生まれました。学校卒業後は工具店や国鉄に勤務しました …

上田 臥牛

昭和初期から平成にかけて活躍した日本画家の一人に上田臥牛という方がいます。 1920年に兵庫県に産まれた上田臥牛は川端画学校を卒業後に小林古径に師事し、端正かつ清澄な画風を学んでいました。 その後、1950年代にアンフォ …

浜口 陽三

浜口陽三は和歌山県出身の版画家であり、銅版画の一種であるメゾチントを復興し、カラーメゾチント技法の開拓者です。また、葉巻の愛好者としても知られております。妻である南桂子も版画家です。 1909年にヤマサ醤油の創業家である …

津高 和一

津高和一(ったか わいち)は、兵庫県西宮市に生まれました。はじめ詩人として活動しましたが戦時中の為、その道を断念します。その後、中之島洋画研究所にて鍋井克之らに洋画の教えを受け、1950年に友山荘賞を受賞するなど行動展で …

岡本 太郎

岡本太郎は太陽の塔の制作者として知られる、日本を代表する芸術家です。 彼が描き作り出す抽象の世界は、日本のみならず全世界の芸術に大きな影響を与えました。 神奈川県の高津村(現川崎市高津区)に生まれ、幼少期より絵を描く事が …

白髪 一雄

白髪一雄はフットペインティングで作品を描くことで有名な抽象画家です。 1924年兵庫県尼崎市に生まれ、中学時代に入った絵画部がきっかけとなり、画家を目指すようになりました。京都市立絵画専門学校では日本画を学びますが、卒業 …