沖泰宣(おき やすのぶ)は現代の創作こけし界を代表する作家の一人です。
1955年に福岡県で生まれ、総計美術学校造形科で学んだ後、1982年に「現代の名工」として知られる義父の関口三作氏に師事し、創作こけしの制作の道に歩み始めました。
彼のこけしは伝統的なこけしの枠にとらわれず、美術的な視点を取り入れた独創的で現代的な造形が特徴です。木地が持つ自然な風合いや木目を活かしつつ大胆かつ繊細な色彩や絵付けを施し、詩的で物語性のある世界観を表現しています。特に動物をモチーフにした作品も手掛け、「ねこ」シリーズは広く知られています。
その卓越した技術と芸術性は高く評価されており、全国近代こけし展や全日本こけしコンクールにおいて1988年に「飛翔」で文部大臣奨励賞、2014年には内閣総理大臣賞を受賞するなど数多くの栄誉に輝いています。
こけしを単なる郷土玩具ではなく、芸術作品として昇華させた作家です。
Michael Leu(マイケル・ルー)は1950年に台湾で生まれたポップアート作家、イラストレーターです。
「ルーグラフ」と呼ばれる、コンピューターで描画・配色・製版を行う版画技法が有名です。
幼少期から「絵画の天才児」と呼ばれ、7歳で東京国際児童絵画コンクールで1位を獲得するなど早くから才能を発揮していました。1968から1983年にかけて台湾の主要な新聞や雑誌、ユネスコ関連出版物など、重要な国際的出版物なの挿絵画家としても活躍しました。
彼の作品のトレードマークは「猫」です。飼い猫の「ファジー」をモデルにした、自由気ままさや人の心に優しく寄り添う姿を描いた作品が知られており、独特な色使いと造形センスが特徴で豊かで多彩な色彩、タッチで描かれます。
観る人に明るい気持ちや癒しを与えてくれる彼の作品は、イメージを通して愛情、希望、結城、平和などを力強く訴えかけています。
赤鶴一透斎吉成は、南北朝時代に活躍したとされる能面師です。
名を吉成、号を一透斎、通称を赤鶴としました。
鬼面を得意としており、「能面十作」の一人としても知られています。
能面は、能楽の起源である猿楽・田楽を背景に、鎌倉時代から南北朝時代にかけて仮面舞踊の演目で用いられた鬼・翁などの面がその原型とされています。観阿弥・世阿弥らによって能楽が芸術として確立されたのち、能面の種類は約60種にも増え、作者名も伝承されるようになりました。
赤鶴の生没年は不詳ですが、世阿弥の著作『申楽談儀』に「近江に赤鶴、鬼の上手なり」と記されていることから、近江に住んでいたとされています。
伝承が多いため真贋の見極めが必要な作家ではありますが、内から湧き出る激しい感情を表現した強弱のある彫りや、鋭い目つきなどが特徴的です。
赤鶴は、能楽の世界において今もなお高い評価を受けており、能面の歴史を語る上で欠くことのできない重要な作家です。
坂田 泥華は、代々続く萩焼の名家(深川萩四家の一つ)として知られています。
荻焼は、朝鮮李朝の陶工・李勺光が文禄・慶長の役(1592~1598年)の頃に来日したことから始まりました。その後、始祖である李勺光の流れをくんで、代々技術が受け継がれてきました。
十二代まではあまり記録が残っていませんが、「泥華」という名号は比較的近代以降で確立されたものです。八代目からは「坂田」という姓が使われています。
十三代 坂田 泥華は、1915年に十二代 坂田泥華の長男として山口県長門市に生まれました。山口県立萩商業学校を卒業後、父に師事して家業に従事し、1950年に十三代坂田泥華を襲名します。
1972年には山口県指定無形文化財に認定され、個展に出品した作品は二度も宮内庁に買い上げられました。以降、山口県選奨(芸術文化功労)や紫綬褒章など、数多くの受賞歴を重ねていきます。
そして1994年には「全国豊かな海づくり大会」で、山口県より天皇陛下献上の茶碗を制作しました。
2004年、長男・慶造が早世した為に十五代坂田泥華を追贈し、自らは「泥珠」と号しました。
坂田泥華は、井戸茶碗に深い感銘を受けて研鑽を重ね、「泥華井戸」と称される独自の豪快な作風を確立しました。
焼成時に釉薬を剥ぎ取る事により御本風の柔らかい斑文を表現した「剥離釉」などの新しい技法の開発にも取り組み、現代の萩焼を語る上で欠かす事のできない重鎮です。
浅見 隆三(あさみ りゅうぞう、1904年9月26日 – 1987年7月23日)は、昭和時代を代表する日本の陶芸家であり、日展参事を務めた人物です。
京焼の名家である三代目・浅見五良助の次男として生まれ、祖父である二代目五良助のもとで育ちました。祖父からは、土造りや轆轤挽き、窯焚きなどの技術を学び、作陶の基礎を築きました。
浅見の作風は、中国宋時代の青白磁を基調にしつつ、現代的な感覚を取り入れた独自のものです。特に、象嵌技法や泥漿(でいしょう)による装飾が特徴的であり、これらの技法を用いて、抽象的でありながらも力強い作品を生み出しました。
彼の作品は、現在も多くの美術館や個人コレクションに所蔵されており、その革新的な作風と技法は、現代陶芸の重要な一翼を担っています。
おかや木芸は、島根県で1952年に創業された木芸品の工房です。
「日常生活で使うもの」をテーマに、伝統技術を用いながらも現代的なデザインをしているのが特徴です。
主に希少銘木の「黒柿」を用いた作品を手掛けており、原木の仕入れや製材、木材の乾燥、製作までの全てを自社で行っています。
40年ほど前におかや木芸を継いだ五代目・岡 英司は、「漆芸デザイナーの中村富栄と出会ったことで現代的なデザインに目覚めた。様々な黒柿の銘品を見て、島根の優れた木工品を継承していくべきだと感じた。
そして復刻を手掛けるなかで学んだ、かつての名工たちの苦労や工夫、制作のポイントがデザインを考える際に活かされている。」と話しています。
また、「手しごとのすばらしさ」をコンセプトにした店内ギャラリーや、木工の世界を身近に感じられるワークショップスタジオなども運営しています。