楽 左入

楽左入(らく さにゅう)は、江戸時代中期に活躍した京都の陶工で、千家十職の一つである樂家の六代当主です。

元々は商人の次男として生まれましたが、その優れた才能を見込まれて五代宗入の養子となり、1708年(宝永5年)に六代・楽吉左衛門を襲名しました。1728年(享保13年)年に家督を六代長入に譲って隠居し、以降「左入」と号しました。この「左」の文字は表千家六代覚々斎宗左より授かったと言われています。

左入は楽家の伝統的な技法を受け継ぎながらも、釉薬の研究に深く取り組みました。特に「左入黒」と称される、光沢の中に多様な変化を見せる黒釉を用いた黒楽茶碗や、的確なヘラ削りによる端正な造形が特徴です。

表千家七代如心斎から非常に信頼され、享保18年(1733年)には「左入二百」と呼ばれる200碗の連作を制作するなど、数多くの名碗を残しました。

 

楽 直入

楽 直入(らく じきにゅう)は、現在も活躍する京都の陶工で、千家十職の一つである樂家の十五代当主です。

十四代覚入の長男として生まれ、東京藝術大学彫刻科を卒業した後、イタリアへ留学し、1981年(昭和56年)十五代・楽吉左衛門を襲名しました。2019年(令和元年)に家督を長男の当代・十六代楽吉左衛門に譲り隠居し、以降「直入」と号します。

伝統的な樂茶碗の伝統を継承しながらも、枠にとらわれない大胆で彫刻的な作品が特徴です。「焼貫(やきぬき)」の技法を用いた作品を展開し、国内外で高い評価を得ています。

2007年(平成19年)滋賀県にある佐川美術館「樂吉左衞門館」の設計・監修を手掛けました。隠居以降は京都の山間部に居を構え、今もなお精力的に作陶活動を送っています。

楽 了入

楽了入(らく りょうにゅう)は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した京都の陶工で、千家十職の一つである樂家の九代当主です。

七代長入の次男として生まれ、1770年(明和7年)に病弱だった兄から家督を継ぎ九代・楽吉左衛門を襲名しました。1811年(文化8年)に家督を十代旦入に譲り隠居し、以降「了入」と号します。

楽家の歴代当主の中でも特に卓越した技量を持つ名工として知られています。巧みな箆削り(へらけずり)による大胆かつ的確な造形が大きな特徴であり、黒釉や赤釉の改良、さらには様々な釉薬の研究を行うなど、高度な技術と多様な作風を展開しました。

天明の大火の被害に遭い先祖代々の陶土などを失う苦難にも見舞われましたが、三代道入(ノンコウ)と並ぶと称される腕前、65年に渡る長い作陶期間により「楽家中興の祖」とも呼ばれています。

楽 惺入

楽 惺入(らく せいにゅう)は、大正から昭和初期に活躍した京都の陶工で、千家十職の一つである樂家の十三代当主です。

十二代弘入の長男として生まれ、1919年(大正8年)に家督を継ぎ十三代・楽吉左衛門を襲名し、1944年(昭和19年)に亡くなりました。後の十四代覚入はこの時出征の為不在で、復員後家督を継ぐことになります。「惺入」の号は没後におくられたもので、この「惺」の文字は表千家十二代惺斎より授かったと言われています。

戦時下の多難な時代ではありましたが、そのなかでも文化芸術の研究に通じ「茶道せゝらぎ」という茶道研究誌を刊行するなど陶芸に留まらない活動を行いました。

伝統的な楽焼の技法を遵守しつつも、釉薬や鉱物の科学的な研究に取り組み、新たな色彩表現を試みるなど独自の作風を展開しました。

長次郎(初代 樂 吉左衛門)

長次郎(初代 樂 吉左衛門)は、安土桃山時代に活躍した陶芸家で、「樂焼」の創始者として知られています。

樂焼のルーツは中国・明時代の三彩陶にあり、日本で三彩釉が流行し始めた頃、長次郎は既にその技術を持っていたとされています。

1574年には「二彩獅子像」を制作し、天正年間に茶人・千利休と出会います。
そして「わび茶」の理念に沿った、茶の湯に特化した茶碗制作に取り組み始めました。
これまでの茶碗とは一線を画す、素朴でありながら力強い美を追求し、その作品は当時の人々に新鮮な驚きを与えました。

樂焼は軟質施釉陶器といい、手捏ねやへら削りによる成形、黒釉や赤釉が特徴です。
長次郎の精神と技術は後世の樂家当主に受け継がれ、現在も茶道文化に深く根付いています。

楽 道入(ノンコウ)

​楽道入は江戸時代初期の京都の陶工で、三代目楽吉左衛門家当主です。

楽焼でも屈指の陶工として知られます。本名は吉左衛門、通称「ノンコウ」。独特の艶やかな黒楽釉や明るい赤楽釉を用い、薄作りで大振りな茶碗を制作しました。

代表的な作品には、「獅子」「升」「千鳥」などがあり、これらは「ノンコウ七種」として知られています。

道入は、茶人・芸術家である本阿弥光悦と親しく、彼との交流を通じて楽焼をさらに発展させました。楽焼は、後の時代における日本の陶芸に大きな影響を与え、特に茶道の道具としての地位を確立しました。

彼の作風は、現在も多くの陶芸家や茶道愛好者によって受け継がれており、日本の伝統的な陶芸文化の重要な一部分を担っています。

楽 吉左衛門

楽吉左衛門は千家十職の一つで楽焼の茶碗を制作する茶碗師が代々襲名している名称で当代は十五代となります。 楽焼のは桃山時代(16世紀)に楽家の初代であった長次郎によって始められ、その技術は近年の研究にて三彩陶というものとさ …