王 冕

王 冕は、中国の元代末期を代表する著名な文人画家であり、詩人、篆刻家としても歴史に名を残す巨匠です。

美術史における王冕の最大の功績は、水墨による梅の絵画「墨梅(ぼくばい)」の表現を大きく進化させた点にあります。それまでの簡素な描き方とは異なり、四方に力強く伸びる枝と、そこに無数の花々が咲き誇る華麗で生命力あふれる画風を確立し、「墨梅の第一人者」と称されました。彼の作風は明代以降の画家に多大な影響を与えています。また、当時は金属や木が主流だった印章において、削りやすい石(花乳石)を自ら刻んだことから、「石を用いた篆刻の祖」としても知られています。

日本との関わりも深く、室町時代にはすでにその名声が伝わっており、日本の初期水墨画の発展に影響を与えました。彼の傑作である『墨梅図』は、正木美術館や皇居三の丸尚蔵館に所蔵されており、現在も骨董・中国美術市場で極めて高く評価される作家です。

斉 良已

斉 良已(さい りょうい)は、中国の近現代を代表する書画家です。

1923年に生まれ、20世紀を代表する中国画の巨匠と称されている水墨画家斉 白石(さい はくせき)の五男にあたります。
字は子泷(ズィーロン)、号は迟迟(チィーチィー)と言います。
父である斉白石に師事して技法を学ぶ傍ら、輔仁大学の美術科に進学し、技術をを深めました。

1947年は、山水画家・李可染が父・斉白石に行った拝師儀式を支援しました。その後、斉白石に代わって特製の「李」の文字の印章を贈り、彼ら二代の芸術家の師弟関係を裏付ける役割を果たしています。

自身は、1961年に禅の思想に影響を受けた書家・画家である劉興成(りゅう こうせい)を入室弟子として迎え、斉派の書画技法を伝授しました。
その指導においては、模写と創造の結合を重視しており、40年間一つのことに深く集中して研究に没頭するという「四十年潜心」の姿勢で伝統を研鑽するよう伝えました。
 
画風においては、斉白石の「大写意」の伝統を継承しています。大写意とは、水墨画の技法において対象を正確に描くよりも、画家の主観的な感情や精神性を表現することに重きを置いた概念です。
また、輪郭線を描かず墨をはね遊ばせるように描く潑墨技法を用いて、植物や鳥、虫などのモチーフを得意としました。

50歳の時点でもなお、落款に「白石五子」と署名を残しており、斉白石からの伝統を守り、受け継いでいることが示されています。
 

胡 蘭成

胡蘭成は、中国出身の思想家・政治家・作家・書家です。

1906年、中国浙江省嵊県に生まれました。
本名は
胡 積蕊、幼名は蕊生といいます。若い頃から文章に優れ、杭州の蕙蘭中学で学んだ後、北京の燕京大学の講義を聴講するなどして文学や思想に関心を深めました。

その後、政治活動に関わり、日中戦争期には日本が支援した汪兆銘政権に参加し、宣伝部次長や行政院法制局長などを務めました。
またこの時期に、漢口の新聞「大楚報」に関わり、ジャーナリズム活動にも従事しました。

1944年には中国の著名作家である張愛玲と結婚しましたが、政治的立場や生活の不安定さなどから関係が破綻し1947年に離婚しています。

第二次世界大戦後、政治的立場が悪化したことから、1950年に日本へ渡ります。その後は日本で長く生活し、中国文化や思想に関する著作を執筆し、文化人との交流も行いました。
来日初期は日本全国を講演して回ったり、雑誌や新聞に政論を投稿していました。
1963年からは梅田寛一が筑波山中に神道の修行をする道場として開いた「梅田学筳」に滞在し、神道について学びます。ここで岡潔や湯川秀樹、保田與重郎などにも出会い交流を深めました。
その後、梅田学筳を離れた後の1974年には台湾の中国文化学院で教授となり、若い文学者を指導しました。この頃、彼の思想に影響を受けた作家たちが「三三派」と呼ばれる文学グループを形成しました。
約2年間の台湾生活の後は、再び日本に戻り、1981年に没するまで東京で生活を続けました。

書を得意とし、晩年には文人としても活動し自作の詩や中国古典などを題材とした作品を残しています。その書は、中国文化への深い素養を背景とした文人書として評価されることがあります。

欧豪年

欧豪年は現代台湾画壇の第一人者として知られる中国出身の水墨画家で、嶺南派の代表的な画家です。1935年に高東省で生まれ、17歳で嶺南派の巨匠である趙少昂に師事し、その画技を継承しました。

嶺南画派の画風を受け継ぎながら、伝統的な技法に西洋の要素や現代的な感覚を取り入れた中西融合の独自の画風が特徴となります。

その作品は山水、花鳥、人物、動物などの幅広い題材を扱い、特に山水画における水の表現や生気にみちた虎の描写などで高い評価を受けています。

彼の作品は嶺南派特有の鮮やかな色彩と、伝統的な水墨画の余白や骨法を融合させた力強い気勢と生き生きとした表現が特徴です。

晩年には詩調や書道も画中に深く溶け込ませ、東洋の人文精神を体現する現代画家の一人として、国際的にも高く評価されています。

 

徽宗

徽宗は北宋の第八代皇帝で、北宋最高の芸術家の一人とされています。
代表作『桃鳩図』は、日本で国宝に指定されています。

1082年に神宗皇帝の第十一子として生まれ、当初は皇位継承とは縁遠い立場にありましたが、兄の哲宗が嗣子を残さず崩御したため、1100年に即位しました。
即位後は贅沢な宮廷生活や大規模な造営事業を推進しはじめ、これらは財政を圧迫して国政の腐敗を招きました。

一方で北方では女真族が勃興し、宋は一時的に金と連携して遼を滅ぼしましたが、やがて金と対立するようになります。1127年には金軍の侵攻により首都が陥落し、徽宗とその子らが捕らえられる「靖康の変」が発生。これによって北宋は滅亡しました。その後、徽宗は金に連行され、「昏徳公」という屈辱的な称号を与えられ、異郷で幽閉生活を送ることになります。

徽宗は、政治家としては無能と評される一方で、書画や筆硯、文学、弓術においては非凡な才能を発揮しました。また、独自の書風「瘦金体」を創始したことでも知られ、書画の世界に多大な功績を残しました。
庭園や珍木奇石の収集にも関心を示し、山水・花鳥・人物など多様な絵を描いた文人・画人として現在でも高く評価されています。

任 頤

任 頤(任 伯年)は、清末に活躍した中国の画家です。
花鳥・人物・山水画を得意とし、中国の伝統と西洋絵画の要素を融合させた独自の作風が特徴です。
また、海上派の蒲華、虚谷、呉昌碩とともに「海派四傑」と称されています。

任頤は、1840年に浙江省紹興府山陰県航塢山の農村に生まれました。
父の任鶴声、伯父の任熊・任薫も画家という環境で育ち、幼い頃から彼らの影響を受けていました。
15~16歳で叔父の作品を模写して売りはじめますが、叔父に知られた際には、怒られるどころか「才能がある」と弟子に招かれたという逸話が残っています。

太平天国の乱では旗手として活躍し、天京(南京)陥落と共に故郷に戻りました。
その後は上海にて「古香室」という扇子店を開き、文人画家たちと交流しながら画家としての活動を続け、1895年に肺炎で亡くなっています。

斉白石

斉白石は中国湖南省出身の近代中国絵画を代表する巨匠です。 木工職人として生計を立てる傍ら独学で書がを学び、清朝末期から中華民国、さらに中華人民共和国の時代を生き抜きました。 花鳥図、魚、蝦、蟹、昆虫、野菜などい身近な題材 …

賈又福

賈又福は、山水画を得意とする中国の画家です。 1942年、賈又福は中国河北省に生まれました。 中央美術学院に通い、卒業後は「李克然」に師事しました。 現在では、母校で教授を務めています。 彼は、中国北部の太行山脈を題材と …

李迪

李迪は、中国の南宋時代(1127年-1197年)に活躍した宮廷画家です。 李迪に関する情報は少なく、生没年は不明ですが河陽出身とされています。 花鳥画や動きのある作品が得意で、南宋時代を代表する画家の一人として知られてい …

郭煕

郭煕は、中国北宋時代を代表する山水画家です。   宋の第五代皇帝・神宗のもとで宮廷画家として仕え、その才能と技術によって、山水画の発展に大きく貢献しました。特に、自然の雄大さや繊細さを捉える力に優れ、北宋山水画 …

董 寿平

董寿平は、中国の著名な画家・書家です。   山西省出身で、生家には膨大な絵画や書画のコレクションがありました。そんな周囲の影響を受け、画家・書道家としての基礎を築き上げました。 1926年に北京の東方大学を卒業 …

王 成喜

王成喜は、中国河南省出身の画家です。 1940年に生まれ、1966年に中央美術工芸学院を卒業します。中国花鳥画の巨匠・董寿平に師事し、伝統的な中国画の技法を基に、繊細で色彩鮮やかなスタイルを確立しました。   …

愛新覚羅 溥傑

愛新覚羅 溥傑は、清・満洲国の皇帝である愛新覚羅溥儀の同母弟です。 ラストエンペラーの実弟として、波乱万丈な生涯を歩みました。 皇帝一族である愛新覚羅家は、その政治的・歴史的な役割のほかにも書家として高名です。 書の格と …

張世簡

張世簡は、中国の花鳥画作家です。 1926年に「画家の故郷」として知られる浙江省浦江県禮張村に生まれました。 叔父には花鳥画家である張振鐸(1908-1989)、従兄には同じく花鳥画家として活躍し、巨匠として知られる張書 …

呉 清源

呉清源は、昭和期に日本で活躍したプロの囲碁棋士です。その活躍から「昭和の棋聖」とも呼ばれております。 生まれは1914年の中国福建省、その後は北京で過ごし、幼少の頃より父から囲碁を教わっていました。非凡な実力はこの頃から …

許麟盧

許麟盧は、中国の絵画・書画作家です。 1916年に中国は山東省蓬莱市で生まれ、幼いころから絵画や書画に触れて成長していきました。1939年からは書家・絵画家の溥心畲に師事し、技術と心得を学びました。溥心畲は朱子学をはじめ …

王 錫良

王錫良は、中国の美術工芸作家です。 1922年の景徳鎮に生まれ、若くから珠山八友の一人である王大凡に師事し、磁器と絵画を学びました。 1950年頃に在籍していた陶器科学研究院では、王大凡をはじめとする景徳鎮磁器の実力者た …

藩 天寿

潘天寿は中国・浙江省寧波市に生まれた画家・美術教育家です。幼少期から書道、絵画、切手彫刻などに興味を持ちます。特に書道と絵画に熱中し生涯をささげる決意をしたほどでした。 学政時代は成績も優秀で、卒業後は教師として小学生を …