大橋 翠石

 大橋翠石は岐阜県大垣市生まれの日本画家です。日本美術史の中でも特別な存在で、世に「虎の翠石」として名高い画家です。特に長い冬毛が美しいアムールトラを多く画題に選び、その描くところの虎は毛の描写の細かさ、威風堂々とした体 …

冨田 溪仙

  富田渓仙は明治から昭和初期に活躍した日本画家です。富田渓仙の作品はとにかく独創的であり、繊細さが特徴です。初め狩野派、四条派に学び、自由闊達な作風で描かれる南画で人気があった画家です。初め狩野派、四条派に学んだが、そ …

沈 南蘋 (沈銓)

緻密に写生された色鮮やかな動植物。中国、清代の画家・沈 南蘋によってもたらされた新たな画風は、当時硬直していた日本絵画界に新しい風をもたらします。 南蘋は絹織物商の子として生まれますが、絵に興味を持ち画家・胡 湄に入門。 …

亀井 南冥

亀井南冥(字 道載)は江戸時代、九州で活躍した儒学者です。また現在国宝に指定されている志賀島の金印研究の第一人者でもありました。 南冥は1743年に九州・筑前国に生まれました。医者であった父の影響をうけ幼い頃より学問に触 …

安田 靫彦

近代日本画の復興に尽力し、戦後は制作の傍ら美術行政にも取り組んだ日本画家・安田靫彦。日本画の中でも特に歴史画を得意とし、多くの優れた作品を残しています。 安田は1884年、東京日本橋に生まれました。13歳の帝室博物館の法 …

岡田 半江

江戸時代に活躍した文人画家、岡田半江。晩年は九州に移り多くの作品を残しました。 岡田半江は1782年、大坂(現・大阪)の米屋に生まれました。父、岡田米山人は米屋を営む一方、文人画家としても活動しており、半江も父に倣い絵を …

宋 紫石

1731年に日本を訪れた清国の画家・沈南蘋。その写実的な花鳥画技法は多くの日本人画家に影響を与え、弟子の熊代熊斐らにより「南蘋派」と呼ばれる画派が形成されました。 宋紫石はこの南蘋派における代表的な人物の1人です。 初期 …

リーチ 風景画

バーナード・リーチ

バーナード・リーチさんはイギリス出身の芸術家です。 画家、陶芸家の他にデザイナーとしても知られています。 バーナード・リーチさんは官僚であった父の影響で香港で産声をあげました。 幼少期を日本で過ごした事で日本に憧れをいだ …

鈴木 松年

鈴木松年(本名、謙)は明治から大正時代にかけて活躍をした日本画家であり、上村松園の最初の師としても知られております。 鈴木百年の長男として京都に生まれた鈴木松年は、幼いころから軍談や喧嘩を好んでおり父である百年から画を学 …

小林 古径

伝統的な東洋絵画の線描を研究し描かれる作品たち。近代の日本画において革新的な朦朧体が導入される中、古径は線描による日本画を貫きました。 小林古径は1883年、新潟県の高田に生まれます。1899年には上京し、日本画家・梶田 …

幸野 楳嶺

京都府画学校の設立に尽力し、自身の私塾でも多くの著名な画家を育てた日本画家・幸野楳嶺。その功績は近代日本画の父と呼べるものではないでしょうか。 幸野楳嶺は1844年、京都に生まれました。1852年に円山派の絵師・中島来章 …

竹久 夢二

「夢二式美人画」と呼ばれる特徴的なスタイルの美人画。大正ロマンの象徴としてあげられる情感あふれるその作品は、多くの日本人を魅了しました。 夢二は1884年岡山県に生まれます。18歳の頃上京し、間もなく新聞や雑誌のコマ絵な …

下村 観山

横山大観や菱田春草らと並んで東京美術学校、日本美術院で日本画の革新に注力した画家が下村観山です。                                                 観山は1873年、和歌山に …

川端 龍子

川端龍子は和歌山県に生まれた日本画家です。 1885年に和歌山市に生まれた川端龍子は1895年に母親・妹とともに上京し1899年に東京府立第一中学校に進学、同校から府立第三中学校が独立したタイミングで川端龍子に画家として …

木村 武山 掛軸 『月に五位』

木村 武山

木村武山は茨城県出身の明治~昭和初期に活躍した日本画家です。 幼い頃から旧笠間藩士であった父の影響で英才教育を受けていた木村武山は、2歳のころから南画家である桜井華陵に師事し、12歳のころには「武山」の号を使って作品を描 …

小杉 放庵

洋画から日本画へ転向した異色の画家、小杉放庵。西洋と東洋の双方を見た彼が描く絵は、画壇でも評価され続けました。 小杉放庵は1881年、栃木県の日光に生まれました。1896年より地元の洋画家・五百城文哉に弟子入り、1900 …

山鹿 清華

山鹿清華(本名は健吉)は京都府出身の染織で文化功労者となった方で、染織美術の草分け的存在である方です。 1885年に京都市に生まれた山鹿清華は、西陣織に従事していた四番目の兄の影響を受けて、小学校を卒業した後、西田竹雪の …

葛飾 北斎

『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』、彼方に見える富士を背景に、そびえ立ち崩れ落ちようとする大波と、必死に耐える小舟の姿。 浮世絵界で最も著名な人物であり、世界的にも有名な浮世絵師・葛飾北斎によって描かれたその作品は、日本文化 …

杉山 寧

戦後の日本画壇で、革新的な作風と対象を的確に描く画力が高く評価された日本画家。それが杉山寧です。 杉山寧は1909年、東京浅草に生まれました。東京美術学校日本画科に進学後は、日本画の革新運動にも加わりました。在学中には帝 …

河鍋 暁斎

狩野派絵師でありながら多くの浮世絵も描いた絵師・河鍋暁斎。幕末から明治へと向かう動乱の時代の中で、実力を発揮し、高い評価を得た人気絵師です。 暁斎は1831年に下総(現在の茨城)で生まれました。翌年は家族で江戸に移り、以 …

石川 晴彦

石川晴彦は昭和後期まで活躍した画家で、仏画を多く手掛けたことで知られております。 京都に生まれた石川晴彦は、1914年に京都市立美術工芸学校絵画部に入学するも、1918年に中退し上京を志した矢先に京都で第1回国画展に感銘 …

上村 松園

上村松園は近代日本画家の中でも珍しい、女流画家として活躍した人物です。彼女によって描き出される凛とした佇まいの女性の姿は、追求し続けた「真・善・美の極致に達した本格的な日本画」の姿を現在に伝えています。 松園は1875年 …

山口 蓬春

山口蓬春は大正から昭和時代に活躍した日本画家です。 1893年に北海道に生まれた山口蓬春は、1903年に父親の転勤に伴って上京し中学生の時に白馬研究会で洋画を学んでいました。東京美術学校西洋学科に入学した後は、入学の翌年 …

中川 一政

中川一政は、東京都に生まれた洋画家で、洋画だけでなく美術家、歌人、随筆家としても活躍したことで有名です。独学で洋画を勉強した中川一政は21歳の時に最初に描いた作品である「酒倉」を巽画会展に出品したところ、岸田劉生に認めら …

正岡 子規 

「柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺」奈良・法隆寺の秋を詠った有名な俳句、この一句を詠んだのが俳人・正岡子規です。 子規は1867年に、伊予国(現愛媛県松山市)で松山藩士の長男として生まれました。幼い頃から漢詩や書画を好んだ …