松田 正平

松田正平は、昭和から平成にかけて活躍した日本の洋画家です。

松田正平は島根県に生まれ、幼少期を山口県で過ごした後、東京美術学校で藤島武二に師事しました。卒業後はフランス・パリにて留学し、戦後は国画会を中心に作品を発表、1950年代以降は東京でも個展を継続的に開催していました。1984年には日本芸術大賞を受賞しています。
主に油彩による簡潔な形態と明快な色彩による詩情豊かな表現で知られ、戦後美術の流れの中で独自の作風を確立しました。

彼の作品は、絵具を薄く塗り重ねた透明感のある表現と自在で簡潔な線描が特徴で、軽やかで空気感を重視した油彩表現で描かれています。山口県祝島周辺の瀬戸内海を描いた「周防灘(すおうなだ)」シリーズは彼の代表的作品とされており、数十年にわたり反復制作されています。他にも、人物像、犬、薔薇などの同一モチーフを繰り返し描き続けており、色彩や線描の微細な変化によって表現を深化させている点が魅力ともいえます。

松田正平は、日常的な主題を素材にしながら、極めて簡潔な造形言語で独自の詩的世界を構築した作家といえます。

武者小路 実篤

武者小路 実篤(むしゃのこうじ さねあつ)は、白樺派を代表する作家として有名ですが、同時に独自の画風を持つ画家としても知られています。

理想主義的人道主義に基づく文学を展開した武者小路は、美術の方面でも同様に生命への肯定や素朴な喜びを主題としました。

彼は西洋美術を日本に普及させるなど、もともと芸術に関心があったこともあり、自身の子供が生まれたのをきっかけに絵筆も手にしました。画家としては正規の美術教育を受けていないものの、その自由で親しみやすい画風は広く受容されています。

野菜や果物、草花など身近な題材を大胆かつ明るい色彩の筆致で描いていることが特徴とされています。また、絵に自著の言葉を添えている作品も多く制作しました。

晩年に至るまで制作を続け、現代においても美術館収蔵や展覧会が多く行われています。

丸山 晩霞

丸山晩霞は、明治から昭和初期にかけて活躍した水彩画家です。

丸山は長野県東御市に生まれ、本名は健作といいます。18歳頃に上京し、神田の画学舎や本多錦吉郎の私塾「彰技堂」で洋画を学びました。その後、洋画家・吉田博の水彩画などに影響を受け、1890年代後半には水彩を主軸とする制作へ移行していきます。そして、1900年前後にはアメリカおよびヨーロッパへ渡航し、現地で制作・研鑽を重ねたのち、帰国後は太平洋画会の創立に関与、1907年には大下藤次郎らとともに日本水彩画研究所を設立するなど、画壇の中心的な活動を担いました。

彼の作品は、とくに自然の景観を主題とし、写生に基づく描写が特徴です。主なモチーフとしては、山岳・高山植物を中心としており、緻密な筆使いにより石や建物の質感など細部まで丁寧に描写しています。また、水彩ならではの特性を活かし、透明感のある色彩や柔らかく穏やかな筆致により、風景の空気感や光を繊細に表現しているところも彼の作品の醍醐味といえます。

丸山晩霞は、様々な場所を巡って制作していた画家でした。日本各地やヨーロッパのほかインドなども含めた国内外を実際に訪れていたこともあり、現地での観察に基づく作品も多くみられます。こうした点から、実景観察に基づく写生主義を徹底した画家であったといえます。

清水 登之

清水登之は、20世紀前半に活動した日本の洋画家です。

清水は栃木県に生まれ、若くして渡米し、主にニューヨークを拠点に活動しました。現地ではアート・スチューデンツ・リーグに学び、ジョン・スローンの指導を受けています。1921年には『横浜夜景』をアメリカ絵画彫刻展に出品し、現地で評価を受けました。その後、フランス・パリへ渡り、サロン・ドートンヌで入選し、帰国後は、二科展や独立美術協会展を中心に活躍しました。

彼の作品は、都市の風景や人々の生活を題材とする物語性の高い具象画が特徴です。労働者や庶民の日常が多く取り上げられており、単なる風景ではなく、社会の動きや人間模様を含んだ場面として構成されています。色彩については、落ち着いた色調を用いながら、画面全体の構成や明暗対比によって都市の緊張感や生活感を表現しています。

総じて清水登之は、都市社会に生きる人々の姿を主題とし、都市風俗を題材とした具象表現を行った作家です。

手塚 治虫

手塚治虫は、戦後の日本漫画・アニメ界を牽引し、「マンガの神様」と称される漫画家・アニメーション制作者です。

手塚は大阪府に生まれ、幼少期から昆虫採集や映画鑑賞に親しみ、これらの体験が後の創作活動に大きな影響を与えました。1946年に漫画家として本格的に活動を開始し、1947年に発表した『新宝島』が大ヒットとなり、一躍注目を集めました。

それ以降、『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『リボンの騎士』などの代表作を発表し、少年漫画・少女漫画の双方で大きな影響力を持ちました。これらの作品群においては、SF・医療・歴史・宗教・ファンタジーなど幅広いジャンルを横断しており、『ブラック・ジャック』では医療倫理、『ブッダ』では宗教的思想を扱うなど、主題は多岐にわたります。

彼の作品は、ズームやカットバックなどの映画的手法が特徴で、積極的に取り入れることで、物語に時間的連続性と臨場感を与えています。また、群衆(モブ)が逃げ惑うパニックシーンや、見開きシーンを効果的に使用することでスケール感や緊張感を強調し、読者の没入感を高めています。

手塚治虫は、漫画表現に革新をもたらし、日本のストーリーマンガの基盤を築いた作家といえます。

児島 善三郎

児島善三郎は、昭和期に活躍した洋画家です。

1893年、福岡県福岡市の紙問屋に生まれました。
中学生の頃から油絵に熱中し、頻繁に写生に出かけていたそうです。また校内で絵画同好会「パレット会」をつくり、中心メンバーとして活躍しました。この同好会には、のちに洋画家となる中村研一や中村琢二も所属していました。

1912年に長崎医学専門学校薬学科に入学しますが、画家を志して翌年上京します。東京美術学校受験のため本郷洋画研究所に一時学びましたが、正規の美術教育機関には進まず、その後は独自に研鑽を重ねました。

1915年頃、過労から結核を患い、療養のため故郷福岡に戻ります。約5年間に及ぶ療養期間は、制作は限られていたと考えられています。
回復後は、画家になるため再び上京しました。
1921年、二科展に出品し初入選を果たし、翌年の二科展では二科賞を受賞し、一躍画壇に躍り出ました。

1925年からは宿願であった欧州留学を果たし、約4年間にわたりパリを拠点に、イタリア、スペイン、ベルギーなどを巡り、様々な西洋の古典絵画に親しみました。
当時の流行に流されることなく、人体の立体感や重量感の表現を基礎から身に着け、滞在中もギリシャ彫刻を思わせる量感あふれる裸婦など、西洋絵画の基本を踏まえた作品を多く残しています。

帰国後は、西洋美術の伝統を踏まえつつも単なる模倣に留まらず、日本人の感性に即した「日本人の油絵」を描くことを目標に制作に励みました。
1930年には里見勝蔵や林武らと、日本人の美感に根ざした新しい洋画の創出を目指し、「独立美術協会」を設立しました。設立後は、中心的作家として発展に尽くすと共に多くの作品を制作しました。

その画風は、欧州で習得した油絵の基本的な造形の骨格など堅実な造形力を基盤に、桃山美術や琳派を想起させる装飾的で豊かな色彩、そして力強い線描や大胆なデフォルメを取り入れた、独自の画風を確立しました。

ジョルジュ・ビゴー

ジョルジュ・ビゴーは、日本の明治期を主題とした風刺画で知られる画家・風刺画家です。 ビゴーはフランス・パリに生まれ、国立美術学校にて絵画や銅版画を学び、版画や挿絵の分野で活動を開始しました。1882年には日本に来日し、陸 …

荒井 良二

荒井良二は、日本の絵本作家・イラストレーターです。 荒井は山形県に生まれ、日本大学藝術学部美術学科を卒業後、1990年以降、絵本作家として本格的に活動を展開しています。1999年に『なぞなぞのたび』でボローニャ国際児童文 …

中原 淳一

中原淳一は、昭和初期から戦後にかけて活躍したイラストレーター、編集者、ファッションデザイナーです。 中原は香川県に生まれ、1930年代に少女雑誌『少女の友』の表紙や口絵、挿絵を手掛け、その洗練された大きな瞳の美しい少女画 …

いわさき ちひろ

いわさきちひろは、子どもを題材にした水彩画で知られる絵本作家です。   いわさきは福井県に生まれ、14歳で岡田三郎助に師事しデッサンと油絵の勉強を始め、高校卒業後は藤原行成流の書を学びました。その後も中谷泰、丸木俊の指導 …

五木田 智央

五木田智央は、東京を拠点に活動する日本の現代美術家です。 五木田は、ドローイングやモノクロームの人物画で国際的に高く評価され、抽象と具象を往還する独自の表現で知られています。武蔵野美術大学を卒業後、当初は商業デザインやイ …

和田 誠

和田誠は、日本を代表するイラストレーター・グラフィックデザイナー・映画監督です。 和田は大阪に生まれ、広告制作会社のライトパブリシティに入社し、デザイナーとしてのキャリアをスタートさせました。その後フリーランスとして独立 …

黒川 達也

黒川達也は東京出身の画家です。 武蔵野美術大学造形学部油絵科を1984年に卒業し、宮永岳彦の元で師事。以後、「少女」「女性」「静物」「風景」などをモチーフに、油彩・水彩を中心とした作品を発表・展開しています。 彼の作品は …

宮永 岳彦

宮永岳彦は、静岡県出身の洋画家です。油絵をはじめ、ポスターや童画、週刊漫画TIMESなどの表紙画、水墨画などを手掛けました。 宮永は第二次世界大戦の兵役後、松坂屋銀座店宣伝部に勤務する傍らで創作活動を行いました。 197 …

難波田 史男

画家の難波田 史男は、1941年に東京都で生まれました。 抽象画家・難波田 龍起の次男として生まれ、早くから非凡な才能を見せていました。 画家を志して文化学院美術科に入学し、池田満寿夫、村井正誠、山本蘭村らに学びますが、 …

小野 州一

小野 州一は、富良野ゆかりの洋画家として知られています。 1927年に北海道千歳市に生まれ、幼少期から絵や詩に関心がありました。北海道立札幌第一中学校を卒業後は独学で絵を学び、画家仲間と共に「北象会」を立ち上げて注目を集 …

古塔 つみ

古塔 つみは、愛知県出身のイラストレーター・現代アーティストです。 SNSで活動をスタートしたこともあり、10代~20代前半の女性に人気の作家と言われています。 「女子しか描けません。すてきな人しか描けません。」と語り、 …

ベルト・モリゾ

ベルト・モリゾは印象派の女性画家として知られています。 モリゾは、1841年にフランスのブールジュにて生まれました。 20歳でバルビゾン派のジャン=バティスト・カミーユ・コローに師事し、戸外での制作をはじめました。 18 …

ポール・セザンヌ

ポール・セザンヌはポスト印象派を代表する画家であり、キュビスムをはじめとする20世紀美術に大きな影響を与えました。その功績から「近代絵画の父」と称されています。 1839年、セザンヌは南フランスのエクス=アン=プロヴァン …

オディロン・ルドン

オディロン・ルドンは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの画家です。 感情など形のないものを、神話や文学のモチーフを用いて表現する「象徴主義」の代表的な作家として知られています。 フランスのボルドーに生 …

織田 一磨

織田一磨は、主に都市の風景を描いたことで知られる版画家です。 生まれは東京ですが、12歳の頃に大阪へ移りました。 16歳になると、石版画工をしていた兄から石版画の技術を学びました。 その後1903年に東京へ戻り、川村清雄 …

北田 稔

北田 稔は1969年に埼玉県で生まれ、専門学校卒業後はアニメーターやデザイナーとして活躍していきます。後にイラストレーターとして独立し、展覧会の実施や、SNSを通じて作品や制作過程の様子を発信するなど、現在においても幅広 …

ダン・パルトゥシュ

ダン・パルトゥシュは、主にパステル画を描く画家です。 アルジェリアのティアレットで生まれ、ロンドンのセント・マーチンス芸術大学で学びました。 主にはフランスで活躍されましたが、後年は日本でも個展を開きました。国内外問わず …

川島 見依子

川島見依子は、愛知県出身の画家です。 1982年に早稲田大学文学部を卒業し、1990年には日洋展に出品しました。 1993年から8年間、銀座三越で個展を開催し、全国の主要百貨店でも多数の個展を行いました。1996年には「 …