象牙を相続したときに確認したいポイントと注意事項

象牙を相続したときに

身内の遺品整理の最中、押し入れの奥や飾り棚の中から、思いがけず象牙の置物や牙の形を保った工芸品が出てくることは珍しくありません。

象牙はかつて贈答品として人気があり、会社の記念品や退職祝い、あるいは海外勤務の帰国記念として贈られたものが家庭に残っているケースも多く、家族もその存在を知らないまま長い年月が過ぎていたということもあります。

しかし現代では象牙の売買や譲渡は厳格な管理下にあり、相続をきっかけに初めて象牙と向き合った人にとっては、価値や扱い方はもちろん、法律に触れる可能性があるという事実を知って戸惑う場面が多く見られます。

象牙は美術工芸品としての価値だけでなく、家族の思い出や感情が関係しやすい遺品であるため、適切な判断ができないと後々のトラブルにつながる危険もあります。

本記事では、象牙を相続した直後に確認すべきこと、売却や譲渡を検討する際の注意点、登録票に関する判断、保管を続ける際のポイント、家族内での揉め事を避けるための情報共有方法など、相続の現場で必要となる実務的な知識を総合的に整理して解説していきます。

象牙の美術的な価値や鑑定技術の解説ではなく、相続という状況で象牙に向き合うための「手順」と「判断材料」に焦点を当てていきます。

相続しただけでは違法にならない

まず重要な前提として、象牙を相続しただけで違法になることはありません。

売買や譲渡とは異なり、相続自体は違法ではない

相続は民法に基づく所有権の移動であり、象牙に関する法律で管理される「売買」や「譲渡」とは明確に区別されています。そのため、遺品として象牙が見つかったからといって、ただちに警察や役所への届け出が必要になるわけではありません。

相続した時点では象牙を移動させない

一方で、象牙に関する法規制が問題となるのは、それを動かす行為、つまり手元を離れて他の場所へ移動させる行為が発生したときです。

象牙を持ち歩いたり、査定のために店舗へ持ち込んだり、他者に譲渡したり、ネットに出品したり、展示会に貸し出したり、海外へ持ち出したりといった一連の行為は、いずれも法律で制限される対象となります。

焦って売らない・譲らない

象牙は相続直後に焦って売ろうとしたり、親族間で自由に移動させたりすると、意図せず法令違反となる危険があります。つまり、最初に行うべきことは象牙をそのまま動かさず、落ち着いて状況を整理することです。

ここを誤らなければ、あとの手続きは必要な順番に沿って進めていくことができます。

相続した象牙でまず確認すべき4つの項目

象牙を相続した直後に確認すべき事項は、大きく次の4点です。

初期確認チェックリスト

確認項目目的
全形牙か加工品か必要な手続きと法規制の範囲を把握するため
登録票の有無売却・譲渡の可否を判断する基準
来歴(入手時期・経緯)登録審査や査定に必要な情報
保管状態と劣化状況価値の判断に直結するため

まず、手元にある象牙がどのような形状なのか、どのように保管されてきたのかを一つずつ確認していきます。

この段階での情報が、その後の登録申請や査定、家族間での話し合いの土台となります。

全形牙と加工品の区別は特に重要

象牙には大きく分けて二つの形があります。
ひとつは牙の形そのまま残した「全形牙(ぜんけいげ)」、もうひとつは印鑑や麻雀牌などに加工された製品です。

象牙を動かす際の最大の判断基準となるのは、この二つの区別です。

区分特徴登録票の必要性
全形牙牙の形がそのまま残っているもの(先端〜根元が連続)売買・譲渡時に必須
加工品印鑑・麻雀牌・アクセサリー・楽器パーツなど原則不要(※事業目的の扱いは別途登録が必要)

彫刻された象牙作品であっても、牙の輪郭が残っていれば全形牙に区分されます。
どれほど美術的価値が高くても、全形牙である以上は登録票がなければ合法的に売却したり譲渡したりすることはできません。

一方で、印鑑や麻雀牌、アクセサリーなどの加工品は、家庭で使用・保管する範囲であれば個々の品ごとに登録票を付ける必要はありません。ただし、事業として大量に取り扱う場合には別途「特別国際種事業者」としての登録が求められます。

相続の場面では、まず自宅にある象牙が全形牙なのか加工品なのかを冷静に見極めることが、次のステップに進むためのスタートラインになります。

登録票とは何か —— 象牙の流通を可能にする証明書

全形牙を売却や譲渡のために動かすには、一本ごとに登録票が必要です。
登録票には象牙そのものの特徴と所有者の情報が記載されており、象牙の流通上、身分証明書のような役割を果たします。

登録票には主に次のような項目が記載されています。

  • 登録番号
  • 登録年月日
  • 象牙の全長と重量
  • 象牙の種類(アフリカゾウかアジアゾウか)
  • 彫刻の有無や特徴
  • 所有者名

登録票は象牙本体と常にセットで保管すべきもので、象牙を譲渡する際には必ず一緒に引き渡す必要があります。

象牙を相続して登録票だけが見つかり、本体が別の場所に保管されているという状態は、後のトラブルの元になります。逆に、象牙本体だけがあり登録票が行方不明になっている場合も、現時点では売却や譲渡ができない状態だと理解しておく必要があります。

登録票が見つからない場合の対応

相続した象牙に登録票が付いていないことは珍しくありません。贈答品として受け取った際に書類の重要性が十分に理解されていなかったり、長年のうちに保管場所が分からなくなってしまったりすることが多いためです。

そのため、まずは家庭内で次のような場所を丁寧に確認してみてください。

探すべき場所の例

  • 金庫や、不動産関連書類・保険証券などが保管されている場所
  • 骨董品の箱や桐箱、台座の内部
  • 書類がまとめられた封筒やファイル類
  • アルバムや古い写真、手紙の束のあいだ
  • リビングや書斎の引き出しの奥、押し入れの収納ケース

象牙本体と登録票が別々に保管されているケースは非常に多く、「見つからない」と思いこんでいたところ、後から思わぬ場所からひょっこり出てきたという話も現場ではよく耳にします。

特に几帳面な方ほど、他の重要書類と一緒にまとめて保管していることがあるため、家族のだれかが心当たりを持っていないか確認してみる価値があります。

新しく登録票を取得する方法

もし登録票がどうしても見つからない場合でも、状況によっては新規登録申請を行うことで登録票を取得できる可能性があります。この手続きは自然環境研究センターが窓口となり、電話や書面で相談しながら進めていくことができます。

登録申請

登録申請では、象牙本体の状態とあわせて、「いつ頃から自宅にあったのか」「どのような経緯で手元に来たのか」といった来歴を説明する必要があります。

購入時の領収書や保証書が残っていれば理想的ですが、そうした書類がない場合でも、古い写真に象牙が写り込んでいる、贈られた時期をメモした紙が残っている、といった資料が役立つことがあります。

申請の流れ

申請の一般的な流れは、状況の相談から始まり、申請書類の作成、象牙の計測(長さ・重量)、写真撮影、手数料の支払い、審査、登録票の発行という順番で進みます。

審査期間はおおむね一〜三か月とされており、内容に不備がある場合には追加の説明や資料提出を求められることもあります。

登録票の発行で移動や売却のスタートラインに

登録票が発行されれば、その象牙は国内で合法的に流通できる状態となり、査定や売却を検討するためのスタートラインに立てます。

相続した象牙を手放したい場合は、「登録票の取得 → 買取店や専門業者への相談」という流れを基本形として覚えておくと安心です。

象牙を動かす行為はすべて規制対象となる可能性がある

象牙に関する法規制では、「売る」「譲る」といった分かりやすい行為だけではなく、象牙の物理的な移動そのものが問題となる場合があります。

たとえば、査定のために象牙を業者に持ち込む、一時的に兄弟の家に移動させる、展示会やイベントに貸し出す、知人に預ける、といった行為も、登録票がない全形牙であれば法令違反となるおそれがあります。そのため、相続した象牙については、登録票が確認できるまでむやみに動かさないことが重要です。

「とりあえず見てもらうために持ち歩く」「預かってもらう」といった軽い気持ちの行動でも、法律上は重大な意味を持つことがあります。

象牙は自宅から出さない、登録票がない状態では移動させない、という意識を持っておくと安全です。

査定や売却を検討する場合の準備

象牙の査定は、一般的な骨董品よりも慎重に行われます。市場価格はサイズや美術的価値だけでなく、登録の有無や来歴の確かさにも大きく左右されるためです。

査定や売却を検討する際には、事前に次のような情報を整理しておくと、評価がスムーズに進みます。

  • 象牙の全長(先端から根元までの長さ)
  • 最大幅や太さ、重量
  • 彫刻の有無と、その題材やモチーフ
  • ひび割れや欠け、変色などの有無
  • 保管環境(直射日光の有無や湿度など)
  • 登録票の有無と内容
  • いつ頃、どのような経緯で手元に来たのかという来歴

査定で特に重視されるのは、大きさと重量、美術的な完成度、作家性、保存状態、そして登録票の有無です。

同じ長さや重さでも、彫刻の精度や作者が判明しているかどうかで評価が大きく変わることがあります。また、保存状態が良好でひび割れや大きな変色がない場合は、同じクラスの象牙と比べて高い評価につながることが多くなります。

こうした情報をあらかじめ整理しておくことで、業者にとっても査定がしやすくなり、説明も具体的になります。結果として、査定額の根拠が分かりやすくなり、家族としても納得して判断しやすくなるでしょう。

家族間トラブルを避けるための情報共有

象牙は、実際の市場価格と心理的価値の差が大きい財産です。

「祖父が大事にしていた」「特別な記念にいただいた」といった思いが強いほど、手放す・手放さないといった議論で家族内の意見が割れやすくなります。

トラブルを避けるためには、次のような工夫が役立ちます。

  • 象牙の保管場所と管理者を明確にしておく
  • 登録票の有無や内容、来歴情報を家族全員で共有する
  • 象牙を売却するのか、しばらく保管するのか、方針を話し合っておく
  • 不明点が多い場合は、感情論だけで判断せずに専門家の意見を聞く

曖昧な状態で放置すると、後から所有権や売却の判断をめぐって対立が生じることがあります。価値があるかどうか分からないままなんとなく置いておく、という状態が続くほど、後年になって「なぜもっと早く整理しなかったのか」という感情が生まれやすくなります。

象牙が高価な資産となる場合もあれば、思ったほどの市場価格にはならない場合もあります。いずれにしても、情報を整理し、家族で共有しておくことで、感情に偏りすぎない冷静な判断ができるようになります。

海外への持ち出しは原則禁止

象牙はワシントン条約により国際的に流通が厳しく制限されており、各国で輸出入が原則として禁止されています。

そのため、たとえ日本国内で正式な登録票を持っていたとしても、象牙を海外へ持ち出すことは基本的に認められていません。旅行や留学、海外転勤、移住、友人への贈答など、さまざまな場面で「一緒に持って行けないだろうか」と考えることがあるかもしれませんが、自己判断で持ち出すことは極めて危険です。

税関で没収されるだけでなく、状況によっては罰則の対象となる可能性もあります。もしどうしても海外との関わりが生じる場合には、必ず事前に関係機関へ相談し、最新のルールを確認する必要があります。

基本的には、「象牙は日本国内から出さない」という方針で管理するのが安全です。

象牙相続の重要ポイントをおさらい

ここまでの内容を、あらためて整理しておきます。

ポイント理由・留意点
相続そのものは違法ではない売却や移動が規制対象となる
全形牙か加工品かが最初の判断基準登録票の必要性が決まる
登録票の確認が最優先取引の可否を左右する
登録票がなければ新規登録が可能審査には期間が必要
情報整理は査定と家族内の合意形成に必須写真と来歴が重要
海外持ち出しは原則禁止自己判断は危険

まとめ —— 象牙相続の整理を正しい手順で進めるために

象牙を相続すると、価値の判断や法規制、書類の扱いなど、普段の生活ではあまり触れることのないテーマが一度に目の前に現れます。

特に象牙は、家族の歴史や思い出と強く結び付いた品物であることも多く、扱い方を誤ると家族間のトラブルや法律上の問題につながるおそれがあります。しかし、正しい手順を知っていれば、必要以上に恐れる必要はありません。

進め方の流れを整理すると次のようになります。

  • 象牙が全形牙なのか加工品なのかを見極める
  • 登録票の有無を確認する
  • 来歴(いつ・誰から・どのように手に入れたか)と保管状態を整理する
  • 必要に応じて、登録票の新規取得を検討する
  • 査定や売却に進むのか、それとも記念品として大切に保管するのかを、家族で話し合って決める

象牙は単なる物ではなく、贈られた相手との関係や、その時代の暮らしぶりを映し出す鏡のような存在でもあります。相続をきっかけに情報を整理し、法的なルールを踏まえたうえで今後の方針を決めることで、その象牙とより良い形で向き合うことができるでしょう。

焦らず、一つひとつ確認しながら進めていくことが、安心して象牙相続を乗り切るための何よりの近道です。

この記事の監修者

株式会社 緑和堂
鑑定士、整理収納アドバイザー
石垣 友也

鑑定士として10年以上経歴があり、骨董・美術品全般に精通している。また、鑑定だけでなく、茶碗・ぐい吞み、フィギュリンなどを自身で収集するほどの美術品マニア。 プライベートでは個店や窯元へ訪れては、陶芸家へ実際の話を伺い、知識の吸収を怠らない。 鑑定は骨董品だけでなく、レトロおもちゃ・カード類など蒐集家アイテムも得意。 整理収納アドバイザーの資格を有している為、お客様の片づけのお悩みも解決できることからお客様からの信頼も厚い。

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