中村六郎は、岡山県備前市出身の備前焼作家です。
1914年に生まれ、2004年に逝去されました。その間には、数多くの優れた作品を残されています。
自身の父親が有名陶芸家と親しく、その影響で陶芸家を志すようになりました。終戦後の1945年よりのちの人間国宝作家・金重陶陽に師事し、研鑽を積みます。そして1961年には「六郎窯」を築窯し独立します。その後は日本現代陶芸展をはじめ様々な展覧会で受賞され、1986年には伝統工芸士に認定されております。
大酒飲みであった六郎は、酒器作りの名人として知られています。一日で一升瓶を空にし、空けた一升瓶は六郎窯の入り口に陳列され、多い時には何百本という数になっていたそうです。
そんなお酒好きだからこそ、酒器制作には並々ならぬ拘りが発揮されています。飲み手におさまりやすい造形や扱いやすい薄い作り、一方で見栄えの良い緋色など、実用性と厳かな美しさを備えた作品たちは今でも多くのコレクターに愛されております。
金正玉は1941年、韓国は慶尚北道、聞慶市に生まれました。聞慶市は韓国のほぼ中心部に位置する都市で、首都ソウルより電車で四時間ほどの場所にあり、氏は現在も聞慶市の嶺南窯で作陶を行っています。
司饔院と呼ばれる朝鮮王朝御用達の窯に所属する職人を沙器匠といい、金正玉は代々沙器匠を輩出してきた家系の七代目です。18歳の頃より金家6代目である父、金教壽から技術を教わってきました。
韓国国内で数多くの賞を受賞しているほか、日本でも1989年の京王百貨店での開催以降、たびたび個人展を行っています。
1996年には韓国の国家無形文化財(日本でいう人間国宝)に指定されました。
葛明祥(かつめいしょう)
清朝乾隆・嘉慶年間(1736年-1821年)頃に活躍していた、宜興窯(ぎこうよう)の陶工で親子三代にわたってこの銘を使用していたとされています。宜興窯では鈞州とよばれた河南省禹県を中心に作られた鈞窯(きんよう)という青磁陶器を製作しておりました。
単色が特徴的な鈞窯釉ですが、葛明祥と弟の葛源祥(かつげんしょう)が継承し発展させたのが海鼠釉(なまこゆう)になります。当時、多くの作品は日本に輸出された関係で中国にはあまりないそうです。
葛明祥の代表的な作品で海鼠釉が施されているのが、花瓶、壺、水盆、火鉢等になり同時に需要が高いのも特徴的ではあります。基本青い海鼠釉が印象的ではありますが、中には白い海鼠釉を施した作品もあるそうです。
落款もとても読みやすい作家になりますので、ご実家の整理やご自宅のコレクションで似たお品物がございましたらお気軽にお問合せして下さいませ。もちろん上記以外の作家や骨董品もお取扱いしております。
駒井(komai)は、京都で代々刀の刀装具などを制作していた家で、1841年に駒井清兵衛が立ち上げた事で始まりました。
始まりは刀装具ですが、廃刀令があってから海外向けに装飾具の製造も開始します。装飾具の製造は、駒井清兵衛から後を継いだ初代・駒井音次郎のもとで始動しました。
初代・駒井音次郎は13歳の時金属象嵌の技術を学び、それを活かして布目象嵌を手掛けていきます。この布目象嵌は駒井製を象徴する技術になりました。
外国人向けの装飾品作りが軌道に乗り、京都と神戸に店を構えた矢先、災害により一度すべてを失ってしまいます。その後は知り合いの会社で働きつつ、七年後に再び京都にて店舗を構えました。
製品は、海外からの評価が特に高く、装飾品のみならず煙草入れや宝石箱などの実用的な品物を作成することでより人気になり、翌年には2号店が建つこととなりました。
1903年からは国内外の様々な博覧会に作品を出品し、高い評価を受けています。1906年に初代は子息に家督を譲りますが、その後も名前を変え、自身も制作を続けていました。現在でも海外を中心に、komaiの名前は多くの人々に親しまれています。
原良窯とはかつて鹿児島の原良村という場所にあった窯元と推測されます。
残念ながら現時点では原良窯についての詳細な略歴などは残っておりません。
代わりに薩摩焼のご紹介をいたしますと鹿児島県で生産される陶磁器のことでその歴史は今から四百年余りの古くからの歴史がある焼き物になります。
薩摩焼の名門として知られるのが沈壽官窯です。
当時薩摩藩藩主であった島津義弘が陶工師の朝鮮人を連れ帰ったことから沈壽官窯が現代の十五代まで続く歴史が始まったといわれており、薩摩焼の始まりとされております。
薩摩焼は大きく分けて白薩摩と黒薩摩の二つに分類され、別名を『しろもん』『くろもん』と呼ばれております。
原良窯の今回の作品を見てみるとこちらは白薩摩になるでしょうか、白地に色とりどりの絵付けが施された作品は見る者を魅了いたします。
専用の木箱もあり、保存状態も大変良かったため、こちらの評価額となりました。
お品物自体の状態によっては評価額が変動致しますのでご了承下さいませ。
緑和堂では、原良窯の作品を集めております。
それ以外でもご自身のコレクション整理やお片付けで出てきたお品物等ございましたら、是非お気軽にお問合せ下さいませ。
鈴木青々は、愛知県瀬戸市出身の陶芸家です。
瀬戸の陶芸家である河本五郎、加藤舜陶とともに「瀬戸の三羽カラス」として親しまれています。
20代の半ばに瀬戸の陶芸家・加藤華仙に師事し、本格的に陶芸の道を歩み始めます。はじめは黒瀬戸や織部など伝統的な陶芸技法での制作を行っていましたが、陶芸家・板谷波山やガラス工芸家・各務鑛三に師事し、制作技術を学ぶ中で、やがて独自の路線を開拓していくようになります。
文展や日展を中心に活躍され、後年には日展の評議員を務めるなど活躍されました。
鈴木青々の仕事の一つに、ガラス質のフリット釉を陶土にめり込ませて焼成することで、器の表面が色のついた砂地風に見える「彩砂磁」という製法を生み出したことがあります。
伝統技法を基礎として、この彩砂磁や七宝、象嵌、金彩などの技術を併用しながら、幅広い作品を製作されています。
造形や色彩の自由度が高く、斬新ともとれる作品の多い作家さんです。