愛新覚羅溥佐は、中国清朝最後の皇帝にして満州国皇帝である愛新覚羅溥儀の、いとこにあたる人物です。その作風は、宋代以前の伝統的な中国絵画の手法を基礎としつつ、元朝以降の花鳥画の技法も取り入れ、特に細部まで描く動物や花鳥を得意としており、他の中国画とは一線を画す独特の宮廷風格を纏っています。
愛新覚羅一族は非常に人数が多く、書画家となった者も少なくありませんが、なかでも溥佐は現代中国の著名画家として、愛新覚羅家を代表する存在となりました。その人気は非常に高く、コレクターも少なくありません。2018年には中国・天津にて生誕100年記念の書画展も開催されています。
また全国人民政治協商会議の委員や、天津工業大学美術学院名誉院長などもつとめるなど影響力の強い人物でした。
柳海剛(ユ・へガン)は、高麗青磁を復活させたことで有名な、韓国陶芸界を代表する陶芸家です。1894年、首都・漢城(現在のソウル)に生まれます。少年時代に目にした高麗青磁の美しさに惚れ込み、1911年頃から陶芸技法を本格的に学びます。一方で国内各所の古い窯跡の調査にも乗り出し、その土で試作品を作っていきます。1928年に日本で開かれた博覧会へ青磁作品を出品し、これが金牌賞を受賞します。その後、朝鮮半島は第二次大戦、朝鮮戦争と混乱した時代になってしまいますが、戦後復興と共に海剛の作陶も復活します。
1960年には海剛青磁研究所を設立し、本格的に高麗青磁の再興に取組みます。こうした活動が評価され、同年、韓国政府より「人間文化財」に指定されます。64年には柳海剛窯も設立されました。
永らく途絶えていた高麗青磁を復活させた功績は非常に大きく、さらにその技量も高いことから、現代の高麗青磁において1,2を争う人気作家となっています。
黄君壁(黄君璧)は20世紀の中華民国を代表する書画家です。
広東州広州の裕福な家庭で育ち、幼い頃よりよく絵を描いていました。広東の公立学校を卒業し、画家の李瑶屏のもとで伝統的な中国画を学んだ後、楚庭美術院に入学し西洋絵画を学びます。その後は世界を巡り、様々な名所を題材に山水画など描いています。また広州市立美術学校、中華民国国立中央大学芸術学部、台湾師範大学芸術学部などで教授などを務め、後進の育成にも積極的でした。
中国画に洋画の技法を取り入れて描かれる彼の作品は、その力強さと鮮やかさが特徴となっています。人物画や花鳥画も手掛けていますが、特に人気があるのは山水画で、晩年の作品は中国のみならず海外でも高く評価されています。