寛永の三筆、近衛信尹・本阿弥光悦と並ぶ能書家、松花堂昭乗。書だけでなく絵画・茶道にも秀でた文化人です。
1582年、和泉国堺に生まれ、1593年には同じ三筆の一人、公卿・近衛信尹に仕えました。1598年に出家し石清水八幡宮の瀧本坊実乗のもとで密教を学んでいます。1624年には徳川将軍家の書道師範として江戸を訪れています。1627年、師・実乗の死後は瀧本坊の住職となりました。1637年、瀧本坊が火災で失われたことをきっかけに、住職の職を弟子に譲り、草庵「松花堂」へ移りました。
徳川将軍家との関わりも深く、江戸幕府にとっても重要な人物でした。






