裏千家四代 仙叟宗室
千宗旦の子であり、裏千家初代(四代)家元である仙叟宗室についてご紹介いたします。 仙叟宗室は千宗旦の四男であり、裏千家を始めた人物になります。 兄弟には江岑宗左(四代表千家)、一翁宗守(四代武者小路千家)ら …
千宗旦の子であり、裏千家初代(四代)家元である仙叟宗室についてご紹介いたします。 仙叟宗室は千宗旦の四男であり、裏千家を始めた人物になります。 兄弟には江岑宗左(四代表千家)、一翁宗守(四代武者小路千家)ら …
茶道裏千家六代家元 泰叟宗室 六閑斎についてご紹介致します。 裏千家五代・常叟宗室 不休斎の長男であり、七代・竺叟宗室 最々斎の養父に当たります。 能書家であり、絵や歌にも優れた人物であったといわれておりま …
茶道裏千家七代家元 竺叟宗室 最々斎についてご紹介致します。 表千家六代・原叟宗左 覚々斎の次男として生まれ、長兄は表千家七代・天然宗左 如心斎です。 また、同じく三男は裏千家八代・一燈宗室 又玄斎でありま …
茶道裏千家八代家元 一燈宗室 又玄斎についてご紹介致します。 表千家六代・原叟宗左 覚々斎の三男として生まれ、長兄は表千家七代・天然宗左 如心斎、次兄は裏千家七代・竺叟宗室 最々斎です。 また、裏千家九代・ …
茶道裏千家九代家元 石翁宗室 不見斎についてご紹介いたします。 裏千家八代・一燈宗室 又玄斎の子であり、十代・認徳斎の父に当たります。 また、不見斎の三男宗什は武者小路千家六代家元・好々斎です。 不見斎の大 …
茶道裏千家十一代家元 精中宗室 玄々斎についてご紹介いたします。 三河国奥殿藩四代藩主・松平乗友の子として生まれ、その後男児に恵まれなかった裏千家十代・認得斎の婿養子となりました。 十二代・又玅斎は玄々斎の …
茶道裏千家十二代 直叟玄室 又玅斎についてご紹介致します。 角倉玄寧の子として生まれ、裏千家十一代・玄々斎の婿養子となった人物です。 十三代・円能斎の父に当たります。 又玅斎は20歳で家督を継ぎ、32歳で引 …
茶道表千家十二代 敬翁宗左 惺斎についてご紹介致します。 十一代・碌々斎の子であり、十三代・即中斎の父に当たります。 主な功績としては、大正期の茶道再建の立役者となったことが挙げられます。 明治維新後の時代 …
愛新覚羅 溥傑は、清・満洲国の皇帝である愛新覚羅溥儀の同母弟です。 ラストエンペラーの実弟として、波乱万丈な生涯を歩みました。 皇帝一族である愛新覚羅家は、その政治的・歴史的な役割のほかにも書家として高名です。 書の格と …
千宗左而妙斎は、茶道表千家十四代家元です。 表千家とは、千利休を祖とする茶道流派の一つです。裏千家・武者小路千家と共に茶道三千家とも呼ばれる、茶道では大変有名な流派となります。 而妙斎(幼名:岑一郎)は1938年、そんな …
呉清源は、昭和期に日本で活躍したプロの囲碁棋士です。その活躍から「昭和の棋聖」とも呼ばれております。 生まれは1914年の中国福建省、その後は北京で過ごし、幼少の頃より父から囲碁を教わっていました。非凡な実力はこの頃から …
江月宗玩(こうげつ そうがん)は、安土桃山時代から江戸時代前期に生きた臨済宗の僧です。 1574年、堺の豪商であった津田宗及の子として生まれます。津田宗及は織田信長や豊臣秀吉に仕えた茶人であり、天王寺屋とともに名の知られ …
鵬雲斎(汎叟宗室)は、茶道三千家の一つ・裏千家家元の十五代目です。 父・裏千家十四代家元の碩叟宗室(淡々斎)の長男として生まれ、十五代目家元を襲名し活躍したのち、現在は自身の長男・玄黙宗室(坐忘斎)に家元を継承しています …
頼 山陽は、江戸時代後期の日本を代表する歴史家であり、漢詩人、漢学者です。 1780年大阪江戸堀で広島出身の儒家であった頼春水(しゅんすい)の長男として生まれます。 翌年、1781年には広島藩藩儒に就任した頼山春水ととも …
山中静逸(やまなか せいいつ)は愛知県碧南市出身の南画家、書家、政治家であり号を静逸または信天翁(しんてんおう)としました。 また、富岡鉄斎(とみおか てっさい)の生涯の友として知られる人物です。 山中静逸は1822年に …
十三代 徳翁宗守 有隣斎は武者小路千家十三世家元です。 名は宗守、号は有隣斎・徳翁・宗安などで、聴松宗守に師事しています。 1913年に生まれ、第三高等学校をへて京都帝国大学文学部に進み国史学を専攻し、卒業後も大学院で日 …
大綱宗彦は江戸時代後期の臨済宗の僧侶です。 安永元年京都に生まれ、6歳の時に大徳寺黄梅院、融谷宗通の下で得度を受け臨済宗大徳寺派の僧侶となりました。 臨済宗は仏の道を説くとともに茶の湯や書画をたしなむことを奨励した宗派で …
竹田 益州は昭和を代表する臨済宗の僧侶です。法諱は宗進、道号は益川、室号は金剛窟です。 1896年大分で生まれ、尋常小学校3年の時近くの施恩寺という禅寺に5、6日滞在したことが縁となり、1906年に滋賀県大津市堅田 …
田能村竹田は、豊後国岡藩(大分県竹田市)出身の南画家です。 1777年に生まれ、実家は岡藩主のお抱えの医者の家系でした。しかし生まれつき体の弱かった竹田は、22歳の時に藩主から医者の道に進まなくてもよいと言われ、学問の道 …
茶道の話になると歴史の教科書にも出てくる千利休はみなさんご存じかと思います。その利休を祖とする千家流茶道の本家(表千家)の13代目を受け継いだのが即中斎です。 利休が作り出した茶道は400年という長い歴史の中で根幹は変わ …
木庵性瑫は、1655年に明から日本へと渡った黄檗宗の僧侶です。 1611年に現在の中国福建省で生まれ、16歳のころ出家しました。その後は大陸各地を巡りつつ修行を行い、1648年、黄檗山にて隠元隆琦に学びます。 1655年 …