坂本直行は、北海道の山々や原野、高山植物を描いた洋画家・山岳画家です。
坂本は北海道釧路市(当時の釧路町)に生まれ、祖父の坂本直寛は坂本龍馬の甥にあたります。
北海道帝国大学(現・北海道大学)農学実科に進学し、山岳部に所属して各地の厳冬期の山々を登破し、山岳スケッチの基礎を築きました。
1957年に初個展を開催し、1960年には開拓地を離れて画業に専念するようになり、その後は帯広の銘菓「六花亭」の草花柄包装紙や児童詩誌『サイロ』の表紙絵を手がけました。素朴な作風で広く親しまれるとともに、日高山脈を中心とする山岳画を確立したほか、ヒマラヤやカナディアン・ロッキーへのスケッチ旅行など精力的に活動しました。1974年に北海道文化賞を受賞し、晩年まで筆を置くことなく、生涯を通じて山と自然を描き続けました。
彼の作品は、自ら山に登り農地を開墾した実体験に基づき、北海道の自然を力強い線と明快な色彩で捉えているのが特徴です。装飾的な描き込みを抑えたシンプルな描線により、モチーフが持つ生命力や造形美が直接的に表現されています。特に、厳しい山容と冷涼な空気感を俯瞰で捉えた遠景の「山岳画」と、足元に咲く草花の命を捉えた近景の「野草画」という対比的な二つの視点が、彼の画業を象徴する要素となっています。
坂本直行は生誕120周年にあたり、北海道広尾町の海洋博物館で記念特別展が開催されたほか、記念切手も販売されており、六花亭の包装紙に描かれた草花の絵などを通じて、現在も広く親しまれています。
北久美子は、昭和から平成時代にかけて活躍した日本の洋画家です。
地元の浪速短期大学(現在の大阪芸術大学短期大学部)で洋画家・鍋井克之らに師事して絵画を学び、卒業した同年に第20回記念二紀展へ初入選。その後、第27回女流画家協会展への初入選をはじめ、数々の賞を受賞しました。代表作の『夢想植物園』は文化庁買上げとなり、文化庁芸術家在外特別研修員としてスコットランド、オランダ、フランスへ派遣されるなど、国内外で幅広く活動しました。また、現代日本絵画展(北京・故宮博物院)やジャパン・アート・フェスティバル(ロンドン)などの海外展にも出品し、国際的な評価を得ています。その後は大阪芸術大学で教授・客員教授を務め、後進の育成にも尽力しました。
北久美子の作品は、西洋の油彩技法を基盤としながら、日本の伝統美を融合させた「現代の花鳥画」ともいえる独自の表現が特徴です。欧州での研修を経て、日本の屏風絵や琳派の装飾美を改めて見つめ直したことで、油彩画でありながら和の花鳥画を思わせる空間構成や、独特の構図美を生み出しました。
作品には、鮮やかな青空や幻想的な月夜・夜空を背景に、濃密な緑の葉や色とりどりの花々、鳥や蝶などの動植物が描かれることが多く、背景の青と植物の鮮やかな色彩との対比も大きな魅力となっています。
北久美子は、単なる風景画や静物画にとどまらず、自らの心の中に描いた「楽園」のような世界を、緻密な筆致と豊かな色彩によって表現した作家といえます。
ふすいは、書籍の装画や挿絵、MVイラスト、広告などを中心に幅広く活動するイラストレーター・装画家です。
幼少期から絵を描くことを好み、小学校では4コママンガ部に所属しました。高校時代には視野を広げるため、あえて地元の友人がいない遠方の学校を選び、絵以外の伝統芸能や行事などにも取り組みました。新海誠監督の映画『雲のむこう、約束の場所』の映像美や空の描写に衝撃を受け、自身の風景表現やイラスト観に影響を受けたほか、田島昭宇や小畑健といった作家の繊細なタッチやリアルな人物描写にも魅了され、人物を描くきっかけとなりました。
専門学校ではデザイン科に進学し、デジタル環境を揃えて技術を磨いたものの、投稿サイトでの周囲のレベルの高さに一度は挫折し、卒業後はデザイン会社へ就職しました。その後、趣味で絵の投稿を再開し、自身の課題であった背景描写を追求した結果、2014年に参加したイラストコンテストで制作した作品をきっかけに高い評価を獲得し、フリーランスとして独立を果たしました。
ふすいの作品は、光や透明感、空気感などを生かした独特のタッチが魅力で、単に背景を写実的に描くのではなく、風景そのものに感情や心理描写を込めた表現が特徴です。人物と周囲の景観や光を調和させることで、その場所の湿度や温度、物語の一瞬を切り取ったような情景を描いています。
現在も、デジタルでありながら柔らかな光や質感を感じさせる独自の作風で、数多くの書籍装画やMVイラストを手掛けています。
イリヤ・クブシノブ氏はロシア出身のイラストレーターで、アニメ『攻殻機動隊』シリーズや『機動戦士ガンダム』シリーズでのイラスト制作や作画監督などを務めた経歴を持ちます。
11歳から17歳までモスクワの美術学院でデッサンや建築について学び、彫刻や建築模型の制作を行いました。大学生になると、建築を学びながら日本の漫画やアニメに関するサークル活動に参加し、同時にゲーム会社でも働き始め、アバターや家具などのデザイン、モーションコミックの制作を行ってきました。現在は日本に在住しており、画集の出版やアニメ作品のイラスト制作、OP・ED映像の作画監督、展覧会の開催など精力的に活動しています。
氏の作品は、ショートヘアの女性をモチーフにしたものが多く見受けられます。また、アニメ調の表現を取り入れた画風も特徴的で可愛らしい表情や女性特有の柔らかいタッチを備えつつも、スタイリッシュな作風であり、男女問わず多くのファンを魅了しています。
トーマス・キンケードは、光の表現や風景描写で知られるアメリカの画家であり、世界中で約30名ほどしかいないとされているディズニー公認作家でもあります。2005年にはカリフォルニアのディズニーランド開園50周年を記念するオフィシャルアーティストに選出され、現地メインストリートでスケッチを行って記念作品を制作しました。同氏の手がけたディズニー作品群では、映画全体のストーリーや複数の名場面をひとつの画面内に凝縮して再構成する「ナラティブ・パノラマ」と呼ばれる手法が用いられています。『美女と野獣』『リトル・マーメイド』『塔の上のラプンツェル』『ライオン・キング』『シンデレラ』など、多岐にわたるアニメーションの世界観や主要キャラクターを、自身特有の光彩効果と温かみのある背景描写と融合させて描き出しました。
作風としては、パステルカラーと鮮やかな照明効果を用い、庭園、小川、石造りのコテージ、灯台、メインストリートなど、アメリカの風景画における理想主義的価値観に基づいたのどかな風景を描くことを特徴としています。同氏は自らを「光の画家」と称して商標登録を行い、設立したトーマス・キンケード・カンパニー等を通じて複製画やライセンス製品の大量展開・販売を行いました。その商業的手法や言動については議論を呼び、一部の美術評論家からは作品について「キッチュ」(俗悪なもの、安っぽいもの、悪趣味なものを意味する言葉)であるとの批判もなされました。同氏は2012年にアルコールとジアゼパムの急性中毒により54歳でこの世を去りました。
アントニ・タピエス(1923–2012)は、スペイン・バルセロナ出身の現代美術家です。第二次世界大戦後のヨーロッパにおける抽象芸術運動「アンフォルメル」の代表的な作家として、そして20世紀を代表する芸術家の一人として知られています。
芸術活動を始めた初期はパウル・クレーなどに影響を受けたシュルレアリスム作品を多く発表していましたが、後年にかけては絵の具に大理石の粉末や粘土を混ぜ廃紙や絨毯なども画材の一つとして扱う「ミクストメディア」の技法を本格的に表現の軸へと据えました。
1990年には第2回高松宮殿下記念世界文化賞を受賞し、日本でも愛されている作家です。作品はスペインのアントニ・タピエス美術館のほか、ニューヨーク近代美術館(MoMA)など、世界各地の美術館に収蔵されています。