大谷一良は、1958年創刊の山岳文芸誌『アルプ』をはじめ、数多くの山岳書で表紙や挿絵を手掛けた版画家です。
1957年に東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、総合商社に勤務しながら作品を制作。退社後はフリーの版画家として数々の山を描き、山岳書の挿絵などを精力的に手掛けました。1980年代からは個展や企画展を毎年のように開催し、生涯を通じて愛する山の姿を表現し続けました。
没後、長年大谷が携わった山岳文芸誌『アルプ』を後世に残す目的で北海道に北のアルプ美術館が開館し、大谷の作品も展示・販売がされています。
トーマス・キンケードは、光の表現や風景描写で知られるアメリカの画家であり、世界中で約30名ほどしかいないとされているディズニー公認作家でもあります。2005年にはカリフォルニアのディズニーランド開園50周年を記念するオフィシャルアーティストに選出され、現地メインストリートでスケッチを行って記念作品を制作しました。同氏の手がけたディズニー作品群では、映画全体のストーリーや複数の名場面をひとつの画面内に凝縮して再構成する「ナラティブ・パノラマ」と呼ばれる手法が用いられています。『美女と野獣』『リトル・マーメイド』『塔の上のラプンツェル』『ライオン・キング』『シンデレラ』など、多岐にわたるアニメーションの世界観や主要キャラクターを、自身特有の光彩効果と温かみのある背景描写と融合させて描き出しました。
作風としては、パステルカラーと鮮やかな照明効果を用い、庭園、小川、石造りのコテージ、灯台、メインストリートなど、アメリカの風景画における理想主義的価値観に基づいたのどかな風景を描くことを特徴としています。同氏は自らを「光の画家」と称して商標登録を行い、設立したトーマス・キンケード・カンパニー等を通じて複製画やライセンス製品の大量展開・販売を行いました。その商業的手法や言動については議論を呼び、一部の美術評論家からは作品について「キッチュ」(俗悪なもの、安っぽいもの、悪趣味なものを意味する言葉)であるとの批判もなされました。同氏は2012年にアルコールとジアゼパムの急性中毒により54歳でこの世を去りました。
レオナルド・ウェーバーは、20世紀に活躍したアメリカ出身の風景画家です。
ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグで絵画を学んだ後、長年にわたり美術教育に従事しました。その過程で日本の水墨画からインスピレーションを受け、都市や街並みの景観を横長の構図を用いて描く作風を確立しました。
世界各地の都市や自然景観を題材とし、繊細な筆致と淡く透明感のある色彩を用いて表現しています。精細な色調と奥行きのある空間構成を組み合わせることで、対象となる地域の空気感や空間の広がりを緻密に捉えた水彩画や版画作品を展開しました。
1995年以降は幾度となく来日し、開催された展覧会で人気を博しました。葛飾北斎を深く敬愛していることでも知られ、来日時には横浜の風景をはじめとする作品を数多く制作しています。
マイク・クプカ(Mike Kupka)は、アメリカ・ニュージャージー州出身のフリーランス・イラストレーターであり、写実的な油彩画技法を用いた表現で知られています。ベケット社主催の第10回スポーツギャラリーコンテストで最優秀賞を受賞し、『USアートマガジン』誌の「注目すべきアーティスト25人」にも選ばれています。
同州の美術学校で美術を学び、写実的な油絵という独自のスタイルを確立し、イラストレーションに焦点を絞っていきました。約8年間のフリーランス活動を経て、ミュージシャンのオジー・オズボーンを描いた肖像画をきっかけにディズニーの公式ライセンス・イラストレーターとなりました。
ディズニー公認アーティストになることは決して容易ではありません。ディズニー作品は世界的なブランドであり、そのイメージを扱うアーティストには高度な技術と深い理解が求められます。キャラクターの造形を正確に再現するだけではなく、作品が持つ夢や感動、希望といった精神性までも表現しなければならないからです。
彼はその厳しい基準を満たし、約8年にわたってディズニー作品の公式アート制作に携わりました。その後はルーカスフィルム社とライセンス契約を結んだほか、ナショナルホッケーリーグ(NHL)のライセンスイラストレーターも務めました。
現在は著名なスポーツ選手やアーティストの作品を数多く手掛けており、ワーナー・ブラザース、NFL、NBAなどの企業とのライセンス契約にも携わっています。
萩原英雄(はぎわら ひでお)は、昭和から平成にかけて活躍した版画家です。
山梨県甲府市に生まれ、東京美術学校(現・東京藝術大学)で油画を学び、卒業後は浮世絵版画の制作・復刻を行う高見沢木版社に勤めました。その後、病気療養をきっかけに木版画の制作に取り組み、独自の技法を追求していきます。
従来の木版画の枠組みにとらわれず、版木の裏面から色や形を浸透させ、それを活かして表面から刷り重ねる「両面摺り」など、革新的な技法を開拓しました。こうした試みによって、木版画に豊かな色彩や奥行きのある表現をもたらし、独自の版画世界を築き上げました。
特に日本の現代抽象木版画における第一人者として知られ、国内外の国際版画展でも高い評価を受けた作家です。
北川健次は銅版画・オブジェを得意とする現代美術家です。
1952年に福井県に生まれ、多摩美術大学大学院美術研究科を修了しました。駒井哲郎から学んだ銅版画は棟方志功・池田満寿夫からも絶賛され、作家活動を開始するきっかけとなりました。
1975年には現代日本美術展ブリヂストン美術館賞を受賞、翌年、東京国際版画ビエンナーレ展に招待出品、1981年にはリュブリアナ国際版画ビエンナーレ展に招待出品するなど、国内外を問わず活動範囲を広げていきました。
そして1990年には文化庁の芸術家在外研修員として渡欧し、豊かな感性を磨いていきます。銅版画・オブジェだけではなく、美術評論・詩・写真・油彩画などマルチな才能を発揮し創作活動に取り組んでいます。
北川は自身の制作スピードについて「阿弥陀くじの中を時速300kmで運転している感じ」と表現しており、5カ月で60点以上完成させるなど、溢れるアイデアを次々と形にしています。衰えることのない表現意欲は、今後の新たな展開を期待させます。