藤村 庸軒

藤村庸軒は、千利休の孫にあたる千宗旦の直弟子であり、山田宗徧、鈴木普斎、久須見疎安らとともに「宗旦四天王」と呼ばれる茶匠です。表千家の流れをくむ庸軒流の開祖であり、漢詩にも精通した文化人でもあります。

庸軒は表千家久田流の初代・久田宗栄の次男として生まれ、呉服屋の藤村家の養子になったとされています。卓越した美的センスから儒学、漢学、和学に精通する広い教養を持ち、茶道だけでなく、漢詩・和歌・作庭・花道・茶具の製作に才能を発揮した人物です。庸軒には多くの師がおり、茶の湯は薮内紀智・小堀政一・金森重近・千宗旦の下で学んでいます。儒学は三宅亡洋を師としています。

庸軒の最大の功績はやはり、庸軒流の開祖となったことです。庸軒流は後にいくつかの派閥に別れはしましたが、現在においても継承され続けております。
門人には優れた茶人が多く、実の息子である藤村正員や、近藤柳可、比喜多宗積といった茶人たちが現代まで庸軒流を継いできました。

茶具の作成においても名を残しており、庸軒の作成した茶具は高い評価がされています。

表千家十三代 無盡宗左 即中斎

茶道の話になると歴史の教科書にも出てくる千利休はみなさんご存じかと思います。その利休を祖とする千家流茶道の本家(表千家)の十三代目を受け継いだのが即中斎です。

利休が作り出した茶道は400年という長い歴史の中で根幹は変わらずとも時代にあわせ多様に変化していきました。その中で即中斎は表千家を「社団法人 表千家同門会」として組織化し、海外に日本の茶道を広める支部を設置するなど、今世のグローバル化の波に合わせ茶道を世界に認知されるきっかけを作りました。

 

即中斎が作った表千家同門会の役割は、伝統の継承と茶道の普及が主な目的です。
なので表千家同門会の人たちが茶道具を制作しているかというとそうではなく、茶道の普及に力を入れている団体という捉え方がいいかもしれません(書物などの作品を残している方は多くいらっしゃいます)。
即中斎の本人作というのは数が少なく、実際は即中斎がお墨付きをした作品を見かける機会が多くなります。

 

即中斎に限らず、茶道の家元のお墨付きをもらった作品は価値の高いものとして評価されます。
家元お墨付きの作品には花押という書判が入っており、この花押というのは、家元それぞれが複数持っております。花押が入っている作品は、その家元が認めた作品という証明付きのものとなります。