大田垣 蓮月

大田垣蓮月は、幕末から明治初期にかけて、和歌・書・陶芸を通じて活躍した文化人です。

大田垣は、武家の血筋に生まれ、幼少期に大田垣家の養女として迎えられました。40代前半までに夫や子どもを次々と失い、こうした不幸を経て出家し、「蓮月尼」と名乗り、和歌や書、陶芸の分野で活動しました。その後は和歌を中心に文芸活動を行い、同時に自作の陶器に自詠の歌を刻む独自の作風を確立しました。素朴な器形に平明な言葉で詠まれた和歌を組み合わせた作品は『蓮月焼』として知られ、文学と工芸を融合させた表現として評価されています。

彼女の作品は、和歌・書・陶芸が一体となった総合的な表現に特徴があり、流麗でやわらかな仮名書と、型を用いず手びねり(手づくね)によって成形された温かみのある造形に独自の魅力が見られます。また、日常的な器に和歌を刻むことで実用性と芸術性を兼ね備えており、贈答品や交流の媒介としても機能していました。

大田垣蓮月は、自らの表現によって活動の場を広げた文化人ともいえます。

吉川 雪堂

雪堂1

吉川雪堂は、常滑焼を代表するろくろ師です。

現在活躍されている雪堂は二代目であり、父に初代・吉川雪堂、兄に彫師・吉川壺堂がおります。
初代雪堂から技術を受け継ぎ、兄の壺堂と共に作品を制作しています。

雪堂の急須は、完全なまでの滑らかな表面と、1ミリにも満たない薄さの粘土板に500から1000個の穴を開けた独自の茶漉しが特徴です。
この技術は現代の機械でも再現が難しく、彼だけの特別な技とされています。また、急須の形状やデザインにも独自の工夫が施されており、注ぎ口の下の反りや足付きなど、使いやすさと美しさを兼ね備えています。そのため、国内外から多くの人々が彼の急須を求めて常滑を訪れています。