古畑雅規は長野県生まれの油彩画家&クレイアート作家です。
1968年の長野県松本市に生まれます。1988年に全国大学版画展に出展、1989年には伊藤廉記念展に入選します。フランス、イタリア、スペイン、トルコ、エジプトの5カ国で自身の腕を磨く研修に参加します。1991年に名古屋芸術大学美術学部絵画科を卒業し、以降は日本各地で精力的に個展を開催しています。
古畑雅規は油彩画家とクレイアート作家の2つの顔を持っています。クレイアート作品というのは、樹脂粘土(クレイ)を使いパーツを一つ一つ作り上げ額縁の中に納めた3D作品のことで、BOXクレイアートとも呼ばれています。
奥行きを生かした見せ方など立体的だからこそ伝わる表現がクレイアートの良さで、スマホの画面(平面)を多く見るこのご時世だからこそ魅力に感じる作品です。さらにクレイアート自体も作品として珍しいということもあり、子供から大人まで幅広く好まれています。
古畑雅規が作り上げる作品は、油絵でもクレイアートでもファンタジー色の強い作品が多く、幻想的で見るものを引き込む魅力があります。特にクレイアートは、立体的なので見る角度によって変わる見え方がその魅力を倍増させてくれます。
古畑雅規がモチーフとするのは動物や風景画が多く、独自の世界観で作り上げる作品はストーリー性を感じるものから、迫力があり圧倒される作品や、おとなしくメロディアスな作品など見るものを楽しませる作品が特徴的です。
木村盛伸は京都の陶芸家です。京都府指定無形文化財保持者に認定されています。
1932年京都の五条坂にて、絵付け職人の木村聖山の三男として生まれます。
都市立美術工芸学校の卒業した後は兄・木村盛和の工房に入ります。そして、のちに鉄釉鉄器で人間国宝となる人物・清水卯一の薫陶を受けます。
その甲斐あってか、盛伸は26歳の若さで日本伝統工芸展にて初入選を果たします。その後も入選を重ね、二年後には日本工芸会の正会員に認定されます。
以降、鉄釉や青磁、灰釉を巧みに用いた壷や皿などの作陶で名声を高めていき、1992年に京都府指定無形文化財保持者に認定されます。
長らく京都を拠点に作陶し続け、伝統工芸会員としても伝統工芸の発展に寄与し続けた盛伸は、間違いなく功労者と言えます。
近年でも日本で展覧会が開催されている他、ご子息の木村展之・木村宜正も活躍しております。京都にいらした際は、どこかで作品をお目にかかることがあるかもしれません。
深川製磁は1894年に佐賀で創業した有田焼ブランドです。
もともと佐賀の有田には、深川栄左衛門という方が設立した「香蘭社」という有田焼のブランド会社がありました。その深川栄左衛門の弟・深川忠次が独立し、創業したのが「深川製磁」です。
1900年のパリ万国博覧会にて、日本館のエントランスに深川製磁の大花瓶が飾られたことで、その名を世界に知らしめることとなりました。
深川製磁では、生地作りから焼成までの全工程を自社工房で行っております。生地の整形にはじまり、「フカガワブルー」と呼ばれる青色をはじめとした数百種類の絵具の調合などが、専門の職人たちによって行われます。
職人たちの確かな技術によって、代名詞ともいえる透明感のある白や鮮やかな絵付が 作られているのです。
古くから宮内省御用達を拝命し、製品を上納してきた他、89年にはチャイナ・オン・ザ・パークと呼ばれる磁器のテーマパークを有田に新設するなど、広く人々に寄り添うブランドです。
現在は佐賀・有田の他、六本木・大阪・博多にも直営店が出店しております。
中山正は、新潟県生まれの木版画家です。
1927年に新潟県新潟市に生まれ、多摩美術大学に入学し油絵を学びますが、中退し版画家としての活動を始めます。1959年にリトグラフ画集「ラッパ手」を出版、その後は拠点を海外に移し1962年からイタリアのミラノ。1965年からはイギリスで活動を行いました。1963年のミラノで「騎士の無い馬」という画集を出版。イギリスにいる間はバースで芸術アカデミーにて教鞭を取ったりもしていました。1982年にはアメリカでも木版画集を出版します。その後は日本の銀座和光での個展開催や、東京国際版画ビエンナーレ、クラコウ国際版画ビエンナーレ、ノースウエスト国際版画展、などの展示会に出品するなど精力的に活動を行っていました。
そんな中山正が作り上げる作品は、馬、蝶、鶴、長い髪をなびかせた少女などをモチーフにした作品を多く描いています。抽象画を描くこともありますが、具象画作品も抽象画作品も共通して言えることは、どれもが神秘的な雰囲気の作品で神々しさを感じざるを得ません。本人曰く、「かたち」を大事にしており、芸術家とは具象・抽象を問わずこの世界になかった「かたち」を求めて創造するものであり、その創造とはこの世に一つしかない「かたち」を探すことだと残しています。
晩年の作品は、ペルシャ美術や、イラン美術、ルネサンスなどのスタイルに影響を受けており、日本古来の技法である木版画技法を駆使してそれらを表現していました。
アンドレ・コタボは1922年にフランス南東部の町、サン=マルスランに生まれます。
リヨンの美術学校に進学し、そこで絵を学びます。
そして14歳の時、イタリアのローマの店先にあったゴッホの絵に感銘を受け、それを複製しようとナイフで描いたことが、その後の彼の作風を形作ります。
彼の作品を表現する時、よく用いられる言葉が「重厚なマチエール」。
マチエールとは、作品の材質がもたらす効果、というものですが、彼の絵を見るとよく分かります。
何層にも厚く塗られた絵具は、彼のナイフによって流れるように動きを作り、デフォルメされた絵から彼のオリジナリティを存分に感じさせます。
彼はジャン・フサロなどと共にリヨン派を形成し、その中でも現代具象画家として評価を確立します。
少年時代にゴッホから感銘を受けたからか、自身の内面にあるものをいかに描き出すかに力点を置いていたようで、思いつかない時は何度でもカンバスを破り描き直したというエピソードがあります。
ネイト・ジョルジオはアメリカの画家です。
1961年に生まれ、独学で画法を学び、ポートレート・アーティストとして活動を続けていました。1988年にマイケル・ジャクソンがプライベートコレクションとして所蔵するジョルジオの作品に注目が集まり、脚光を浴びることとなりました。
1993年にはジュエリー、スポーツ記念品、アパレルなどを取り扱うブラッドフォード・エクスチェンジ社に委任され、「スーパースターズ・オブ・カントリーミュージック」シリーズの製作を始めます。これを機として、1995年からはファインアーティスト(大衆芸術、純粋芸術アーティスト)として本格的に活動を開始します。
鮮やかな夢のようなタッチで風景を描く作風が特徴的で、どこか安らぎを与えてくれるような優しい表現が印象的なアーティストです。マイケル・ジャクソンに認められた画家として大きく認知を得ており、1997年の来日展以降、日本でも人気を集めています。