篠原如雪(しのはら じょせつ)は福岡県生まれの漆芸作家です。
1919年福岡県に生まれ漆工芸が盛んな香川県の高松市で育った影響もありいつしか木彫漆芸家を志します。
木彫漆作家で有名な鎌田 稼堂(かまだ かどう)に入門し、木彫彩漆の技法をはじめます。1957年、日本伝統工芸展の漆芸部に出品、初入選を果たすと1963年には日本伝統工芸展の木竹部においても入選を果たします。
1977年からは古美術研究のために東南アジア、ヨーロッパの各国を巡ります。
1983年にフランス美術展へ出品しモンタネ賞を受賞し世界からも注目を集めます。
1986年には国内的・国際的にも多大な功績があると認められた方に贈られる国際芸術文化賞を受賞しました。
作品としては、棗や香合を多く制作しており昆虫や草花を立体的に表現していることからコレクターの方に非常に人気の高いお品物を制作しておりました。
舟木誠一郎は東京生まれの画家で、女性の美しさをモチーフにした人物画に長けた作家です。最近美術業界では話題に上がり評価が高くなっている、リアリズム、写実性を重視した、写実絵画の分類の作品を描く作家です。
基本的に描く作品は女性がモデルの作品になります。その中には裸婦画もありますが、女性の肌の質感、眼差し、手や髪や表情などを細かく描き外面的な美しさとにじみ出る内面的な美しさを表現しています。舟木誠一郎の作品を一言で表すとやはり「美」になると思います。
冒頭で写実性の高い作品をとお話させていただきましたが、舟木誠一郎が作る作品の中には写実的な人物画に更に加筆した作品もあります。「沈黙」という作品がそれにあたるのですが、その作品には美しい女性の背中から美しい白い羽根が生えており、幻想的な雰囲気を醸し出しています。このような作品は写実絵画とは異なった作品に分類されてしまいますが、絵の中の女性は美しく幻想的で物語に出てきそうな雰囲気を漂わせています。
このように写実性の高い女性画と、物語性のある幻想的な女性画を描いており、どちらも「美」を大事にした美しい作品です。昨今の写実性ブームと相まって舟木誠一郎の作品は人気が高いです。
林 喜市郎(はやし きいちろう)は50歳を過ぎてから画家デビューという異色の経歴を持った洋画家です。
林喜市郎は1919年、千葉県野田市に生まれます。
1946年にシベリア抑留(よくりゅう)を経験し、敗戦後、日本に戻り画家を志すようになります。
幼少期に生まれ育った千葉の故郷等を主題に、様々な風景画、主に民家を描く事で知られ、全国の民家を訪ね歩く事により、日本固有の藁葺(かやぶき)文化を世界に伝え浸透させるために活動を始めました。
数ある作品の中でも、山梨県忍野村風景が大多数を占めており、優美性と写実性に富んだ独特の技法で絶大な人気を得ました。
中でも 様々な風景画、民家を描く事で知られる画商、寺西進三郎(てらにし しんざぶろう)に認められ、約30年間に及ぶ全国の藁葺民家の取材旅行からは、今となっては、ほとんど消え去りつつある日本の原風景を再発見するとともに、「失われた民家百景」シリーズとして制作するに至ります。
愚直に生涯のライフワークとして民家を描き続けたことにより、繊細で日本の原風情を表現する作風が高く評価され、1970年に全国勤労者美術展都知事賞を受賞。後に一水会展に入選した後、4回に渡り入選し、併せて日伯現代美術展入選も果たします。
また、作品の集大成として1981年自叙伝「民家を描く12ヶ月」を刊行しました。
ダニエル・ボネックは1955年にフランスで生まれ現在も活動なさっておられる画家です。兄のアラン・ボネックも画家であり、二人は画風が一致からボネック兄弟の名前で個展を開くなど兄弟で精力的に活動しています。
絵の特徴として色彩豊かで植物が必ずと言っていいほど描かれており、人物も可愛らしく明るい表情の全体の雰囲気の明るい絵が多いです、また幻想的な風景を基本としており童話の世界のような絵が特徴的です。
主な活動、活躍としてはフランスを初めとして、ヨーロッパ各国・アメリカにて、多くの展示会が開催されています。またフランス大蔵省が絵を限定版のコイン、メダルに採用、1990年にユニセフが絵ハガキに採用したりと多くのメディア、国際的に注目を浴びています。
須賀 月真(げっしん)は1919年に生まれます。
故須賀松園(国指定無形文化財保持者)に師事し蝋型鋳造の業に従事しました。
数多くの個展を開き、入選しており、1990年には、蝋型鋳造部門で、高岡市伝統工芸産業技術保持者に認定されています。
蝋型鋳造とは、蝋の特性を生かした鋳金の一技法として、古くから発達し、
飛鳥、奈良期の小金銅仏の製作を始めとして広く使われてきました。
蝋型鋳造法が他の技法に比べてすぐれる利点は、蝋製原型は細工がしやすく、複雑な形態の鋳物造りに適することが出来るという事です。
また、原型の風合いの良さが鋳型を通じて鋳物にも転写されるため、艶やかな鋳肌が得られるところです。
ジャン・フォートリエはフランスの抽象画家、彫刻家です。
1940年~1950年代の抽象画家様式である、タシスムの作家として重要な人物とされています。
幼少期から美術学校に通い腕を磨き、展示会の出品や個展を開くなどをして作品を発表していた。この頃描いていた作風は、感情を作品に反映させる表現主義と呼ばれています。
作品制作に力を入れていたが、評価を得られず金欠となり、スキーのインストラクターや、ジャズクラブを立ち上げるなどをして2年~3年程創作活動をしていない時期もありました。
創作活動を再開してからはレジスタンス活動を疑われ、ドイツの秘密警察に追われるなど過酷な日々を過ごしました。しかし、その経験から代表作の「人質」は生まれ、高い評価を獲得するきっかけとなりました。
戦後日本にも来日し個展を開催しており、1964年に亡くなったが、没後パリやスイスなどで回顧展が開かれるなど注目され続けている作家です。