歌川貞秀は、江戸時代後期から明治時代初期にかけて活躍した浮世絵師です。
歌川は下総国布佐(千葉県我孫子市)に生まれ、本名は橋本兼次郎といいます。歌川国貞(三代豊国)に学んだとされ、歌川派の絵師として文政期頃より挿絵などを手がけ、天保期には美人画・役者絵・武者絵・風景画など幅広い分野で制作し、幕末には横浜開港に伴う異国風俗や風景を描いた『横浜絵』でも知られます。
彼は、鳥瞰(俯瞰)構図を巧みに用いた名所絵や一覧図を得意とし、都市や名所、港湾の様子を広範囲にわたって精緻に描き込み、画面全体を一望できる構成を特徴としています。こうした視点は、実景を俯瞰的に把握しつつ情報性を高める表現として評価されており、その作風から「鳥の目をもつ絵師」とも称されています。






