小野竹喬は岡山県に生まれた、風景画を得意とした日本画家です。
日本の自然の美しさを技法だけはなく自然の真実を追求しながら東洋の南画や、同時代の画家たちの作品にも学ぶことで写実的な古典領域から、次第に画風を変化させていきました。
竹橋を名乗っていた時期には京都の竹内栖鳳に師事し、西洋近代絵画の写実表現をとりいれた栖鳳に学びながら自らも西洋絵画の真髄をふんだんに取り入れていく等西洋絵画への関心が強く表れていたと感じられます。
1918年に約1年間渡欧している中で東洋絵画における線の表現を再認識し、渡欧後は竹喬を名乗るようになります。1939年頃から日本画の素材を素直に活かす為に線も色も古い大和絵の表現を学ぼうとし、線描と淡彩による南画風の表現へと変化していくことになりました。この変化が小野竹喬の作品の方向性を決定づけることになります。
晩年には松尾芭蕉の「おくの細道」をもとにその句意を絵画化にする作品を手掛けていき、その10点からなる「奥の細道句抄絵」は小野竹喬の晩年の代表作です。また、水墨画の精神性を模索し続け、生涯にわたって自身の可能性を追求し続けた人物です。






