勝城 蒼鳳

勝城蒼鳳は「竹工芸」にて国の重要無形文化財に認定された栃木県出身の竹工家です。本名を一二と言います。
1934年に栃木県の高林村(現在の那須塩原市)に生まれた勝城蒼鳳は15歳の時に父親に勧められて竹細工師の菊池義伊のもとで竹細工を学び始めました。1955年に独立した後も八木澤蒼玕(啓造)や斎藤文石の指導を受けるなどして技術の向上に励みました。1968年には八木澤蒼玕より蒼鳳の雅号を授かり、竹細工から竹工芸へと制作の道を変えていき、同年には日本伝統工芸展に初入選を果たした後も入賞を重ね、1983年には第30回日本伝統工芸展にて波千鳥編盛籃「渓流」が東京都知事賞を受賞し、後年には東京国立美術館の所蔵品となりました。
勝城蒼鳳の作品は生まれ育った栃木県那須塩原市の自然観が根底にあり、作品の制作にあたっては材料である竹を取るところから始まり、調整や編組組、漆塗りや染付といった作業を経て作品となっております。
日用品からオブジェに至るまで自然に対する尊敬の念をもっており、同じ作品を再度作ることを良しとせずに一つの作品に半年から一年かけることで作られる作品は多くの人々を魅了していることでしょう。

大澤 光民

大澤光民は「鋳金」にて国の重要無形文化財に認定された金工師で、高岡銅器の伝統的な技法である「焼造鋳造」に熟練しており、さらに「鋳ぐるみ」という独自の技法を確立させたことで世間から高く評価をされました。
鋳ぐるみとは鋳型に、銅線やステンレス線、白銅線などの異なる金属を配置し、溶けた銅合金を流し込み、異質な金属同士を包み込む技法です。
冷えて固まった後にヤスリやサンドペーパーなどで表面を磨きあげると、金属の線や点が文様として浮き出てくるのが特徴で、制作の過程では、鋳型の土くずれ、焼き方、地金の配合、融解温度の加減、異質金属の膨張具合の見極めなどが難しく、長年の経験と勘が頼りとなり、とても難しい製法となります。
大澤光民は高岡銅器の伝統の技術を受け継ぎながらも時代に合った作風や、自然の美しさをみずみずしく捉える感覚を大事にしております。銅線の赤は太陽を、白のステンレスは水をイメージしており、朝日や夕日の美しい景観や太陽と水が織りなす神秘的な造形を表現しているその作品は現在の人々に評価されていることでしょう。

大野 昭和斎

岡山県出身の国の重要無形文化財(人間国宝)に認定された木工芸師として有名な人物は大野昭和斎といえるでしょう。
1912年に岡山県の総社市に生まれた大野昭和斎(本名 片岡誠喜男)は14歳の時には指物師の父である片岡斎三郎に師事し、指物や象嵌などの木工芸の技術を全般的に教わり、高い技術を身に着けていきました。
23歳のころにはより高い技術を習得する為に文人画家である柚木玉邨に絵画を習い、昭和斎という号を授かります。その後は1937年に中四国九県連合展にて「松造小箱」を出品して特賞を受賞したことを皮切りに数々の賞を受賞していきます。1965年には第12回日本伝統工芸展に「欅香盆」にて特賞を、1968年に第15回同展にて「拭漆桑飾筥」にて日本工芸会会長賞を受賞し、その年に日本工芸会の正会員となります。1974年には木創会を設立し、後進の育成に努めました。そういった功績が称えれて1977年に「指物・刳物・象嵌」にて岡山県の重要無形文化財に、1984年には「木工芸」にて国の重要無形文化財(人間国宝)に認定されました。

宇野 宗甕

中国五大名窯の釉薬研究と作品の制作に努めた陶芸家をご存知でしょうか。
それは、宇野宗甕です。
京都市に生まれた宇野宗甕は父が宇野仁松という同じく陶芸家であったことや幼いころより京都市立陶磁試験場に通って陶芸をしていたことより窯業の技術を習得していっておりました。
中国五大窯の研究に興味を持ったきっかけは、名家の入札に参加していた際に中国磁器と出会い、その作品に魅了されたからではないでしょうか。
その後も名家の入札にて中国磁器を入札していき、どんどん中国磁器に魅了をされていきました。
中国磁器の中でも特に南宋の青磁の研究に没頭していたといわれていたことから他の作品も魅力的ですが、青磁の作品が特に人気があります。
残念ながら初代宇野宗甕は1973年にお亡くなりになってしまいましたが、現在は初代宇野宗甕の孫娘が二代目を引き継いでおります。
二代目はモンゴルへ旅に行った際の体験をもとにした作品も制作されており、素晴らしい作品も多く制作されております。
これからも素晴らしい作品を世の中に生み出していって欲しいですね。

三代 山田 常山

三代山田常山は「常滑焼(急須)」で重要無形文化財に認定された人物です。

常滑(とこなめ)の時代は古く、日本六古窯の中でも最も古い歴史を持つとされており、その始まりは奈良、平安時代を代表する遠投の影響を受けて、十二世紀初頭とされています。

常山は何故、常滑焼の急須にこだわったのか?

急須の文化は明治時代に中国からもたらされます。その立役者として「陶祖」と呼ばれる鯉江方寿(こいえほうじゅ1821~1901)がいました。鯉江は1878年に急須作りの技法を広めるべく中国から金士恒(きんしこう)を招きます。つまり、朱泥・紫泥急須(しゅでい・しでいきゅうす)の名産地、中国の宜興窯(ぎこうよう)の技術は現代の常滑急須の原点といえます。鯉江や金士恒から技法を学び「金士恒」の印を使うことを許された陶工は初代山田常山(1868~1942)、杉江寿門(すぎえじゅもん1826~1898)、片岡二光(かたおかにこう1821~1903)の三名のみとされました。

その初代 山田常山(1868~1942)と父にあたる二代 常山から学んだため、三代目にあたる常山も初代 常山の金士恒としての伝統と技術を受け継ぎ常滑焼の急須にこだわり続けたのでしょう。

また急須という制約された作陶でありながら、その造形は多様性を極め、常山作とわかるオリジナリティを兼ね備え、その形は実に100種類を超えるといわれています。

1958年に開催されたベルギーのブリュッセル万博のグランプリを皮切りに1961年に三代目を襲名してから国内外で数多くの出展と受賞を重ね1998年には国の重要無形文化財「常滑焼(急須)」の認定を受けます。

オリジナリティ溢れるその造形は、国内外問わず見る物を今もなお魅了し続けています。

増村 紀一郎

増村紀一郎は2008年に「髹漆 」にて国の重要無形文化財に認定された東京都出身の漆芸家です。
「髹漆 」とは昔からある漆芸の技法であり、素地の材料を選ぶことから始まり、下地工程を経て、上塗・仕上げ工程に至る幅広い領域にわたり、漆芸の根幹をなす重要な技法であり、素地の材料には木材、竹、布、和紙、革等さまざまあり、髹漆(きゅうしつ)は素地を選ばず、各材質の特色を生かした作品作りが可能です。麻を漆で塗り何枚も重ねて風合いを出す乾漆という技法がありますが、増村紀一郎の作品はそれだけにとどまらず、中には動物の皮に漆を塗った「漆皮」という技法もあります。この漆皮という技法は平安時代以前より確立されていた技法であるといわれており、木材の加工技術の向上により廃れてしまったのではないかといわれております。
このような技法を駆使して増村紀一郎はあらゆるものを漆工芸品と変化させており、その作品は多くの人々を魅了しているに違いないでしょう。

室瀬 和美

室瀬和美は2008年に「蒔絵」で国の重要無形文化財に認定された漆芸家です。 1950年に東京都に生まれた室瀬和美は、同じ漆芸家であった室瀬春二の仕事を幼少から見て育ち、高校生の時に漆芸・蒔絵の道を志すようになります。東京 …

山下 義人

山下義人は「蒟醤」にて国の重要無形文化財に認定された漆芸家です。 1951年に香川県に生まれた山下義人は、高松工芸高校を卒業し、香川県漆芸研究所を卒業した19歳の時に生涯の師と仰ぐ磯井正美に師事し、蒟醤を学びます。その後 …

奥山 峰石

奥山峰石は1995年に鍛金の技術で国の重要無形文化財に認定された金工師です。 1937年に山形県に生まれた奥山峰石は、少年時代は芸能界に入りたいと思っておりましたが、日々の生活の為に洋食器を作る銀器職人である笠原宗峰に弟 …

中川 清司

中川清司は京都府出身の木工芸にて2001年に国の重要無形文化財に認定された木工芸家です。 釘などの接続金具を使用しないことで有名な京都の指桶物師の家庭に生まれた中川清司は三重県立松阪高等学校を卒業した後に父の中川亀一に師 …

中川 衛

中川衛は加賀象嵌に新しいスタイルを生み出し、話題となった金工師です。「彫金」にて国の重要無形文化財にも認定されております。 中川は1947年、石川県金沢市に生まれます。金沢美術工芸大学産業美術学科を卒業した後、大阪の松下 …

桂 盛仁

桂盛仁は2008年に「彫金」にて国の重要無形文化財(人間国宝)に認定された金工師です。 江戸時代初期より続いている彫金の一派である柳川派の流れを汲み、煙草入れなどの装身具で明治~昭和期にかけて人気を博した桂光春や二代豊川 …

原 清

鉄釉陶器の新たな表現を切り拓いた人物である原清は2005年に国の重要無形文化財(人間国宝)に認定されたの陶芸家です。 1936年に島根県斐川という現在の出雲市に生まれました。少年時代を過ごした出雲という土地は江戸時代より …

中野 孝一

中野孝一は「蒔絵」にて国の重要無形文化財に認定された漆芸家で、特に高蒔絵を得意とされております。 高蒔絵とは漆を何度も塗っては乾かしての作業を繰りかえすことで模様を作っていく技法で、塗り重ねる時に漆の厚さを変えたり、研ぎ …

玉川 宣夫

玉川宣夫は「鍛金」にて国の重要無形文化財に認定された新潟県出身の金工師で、鎚起銅器をベースとした木目金の技法を使った作品が評価されております。 鎚起銅器とは新潟県の燕市にて作られている銅器で江戸時代中期に誕生した伝統工芸 …

山岸 一男

皆様は山岸一男という人物をご存知でしょうか。 山岸一男は2018年に「沈金」の分野にて国の重要無形文化財(人間国宝)に認定された石川県出身の漆芸家です。沈金という輪島塗の加飾技法の会得に加え、沈金の一種で金の代わりに漆を …

北村 昭斎

北村昭斎は「螺鈿」にて国の重要無形文化財に認定された漆芸家です。 螺鈿とは漆工芸品の加飾技法のひとつで貝殻の内側の真珠層と呼ばれる光沢を帯びた虹色の部分を文様にして切り出し、漆地や木地などに彫刻した面にはめ込む技法で、奈 …

久世久宝

京焼の伝統的な作品を製作している陶芸家として有名な久世久宝という家元をご存知でしょうか。 京焼の伝統を踏まえながらも仁清写色絵付や染付、金襴手などの技法を持つ陶芸家で、当代が5代目となります。 初代久世久宝は1874年に …

佐々木 象堂

佐々木象堂は1960年に「蝋型鋳造」にて国の重要無形文化財(人間国宝)に認定された金工師です。 1884年に新潟県に生まれた佐々木象堂(本名は文蔵)は、貧しい家庭で育った為高校に通いながら商家に奉公しておりました。画家を …

前田 竹房斎

前田竹房斎は、主に堺で活動した竹工芸家の名跡です。明治初めから平成まで続き、初代と二代がおられます。 初代は1872年の大阪に生まれました。十代半ばには竹工芸家・三代早川尚古斎に才覚を認められ、独学で竹工芸を学びました。 …

長野 垤志

1900年(明治33年)10月28日~1977年(昭和52年)、愛知県生まれ昭和時代の釜師になります。初めは洋画家を志したが、鋳金に転じ、山本安曇ついで香取秀真に師事しました。1927年(昭和2年)帝展に初入選し、193 …

奥村 吉兵衛

表具師として千家十職に名を連ねる奥村吉兵衛は江州(滋賀県)の武士の家系であったが京へ上り、正保3年(1646年)母方の家業の表具師を継いだ。承応 3年(1654年)に表具屋業を開業。屋号を「近江屋吉兵衛」とした。吉兵衛と …

前田 昭博

前田昭博は「白磁」で国の重要無形文化財に認定された陶芸家です。 1954年に鳥取県に生まれた前田昭博は、小学校2~3年生の際に学校の教員をしていた父が木版画を始め、その後ろ姿を見てモノを夢中になっているところがうらやまし …

飛来 一閑

一閑張細工師を生業とする飛来家の祖は,中国の出身で中国の動乱期に清の進行を避けるため日本に亡命しました。中国では学者として過ごしていた一閑は古代中国技術である乾漆工芸の印可を受けた技術者でもありました。そんな一閑は大徳寺 …