1946年に東京都で生まれた彼女は、1968年に女子美術大学日本画科在学中に日春展に作品が入選します。1969年には女子美術大学日本画科卒業、1979年と1992年にはそれぞれ日展特選受賞、2008年に第40回日展日展会員賞を受賞、2019年に日展内閣総理大臣賞を受賞と、現在は日展会員である素晴らしい活躍をされている女流画家です。
女性の姿を主流といて描き、その洗練された構成方法とタッチ感が魅力的で、見る者を作品に引き込む力がひとつひとつの作品にあります。
1946年に東京都で生まれた彼女は、1968年に女子美術大学日本画科在学中に日春展に作品が入選します。1969年には女子美術大学日本画科卒業、1979年と1992年にはそれぞれ日展特選受賞、2008年に第40回日展日展会員賞を受賞、2019年に日展内閣総理大臣賞を受賞と、現在は日展会員である素晴らしい活躍をされている女流画家です。
女性の姿を主流といて描き、その洗練された構成方法とタッチ感が魅力的で、見る者を作品に引き込む力がひとつひとつの作品にあります。
松岡政信は日本美術院同人として活動している日本画家です。
1932年に大阪府で生まれました。18歳の時から中村貞以に師事し、1953年に日本美術院展にて初入選、以降同展で多数受賞いたします。1954年には第39回院展奨励賞を受賞、その他高島屋などで個展を開催するなど活躍されています。
松岡政信と言えば『花』を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。これまで花をモチーフにした作品を数多く手掛けており、一凛一凛、その花特有の美しさを表現しています。
モチーフを限定する作家さんも多くおられますが、松岡政信の描く「花」は色とりどりで四季折々、実に多彩であります。葉の一片までのふくよかな表現からは、松岡政信の幾多の花に対する真摯な観察力がうかがえます。
丁子紅子さんは今注目の若手現代日本画家です。
1991年に埼玉県で生まれた丁子紅子さんは、繊細できめ細かなタッチ感、透き通るような透明感で見る者を釘付けにするデザインを描く作品が特徴的です。主に女性を描いています。女子美術大学絵画学科日本画専攻卒業後、第36回現代童画展奨励賞をはじめ、以後様々な賞を受賞、また、2012年から個展も展開し、多岐にわたって活躍されています。
丁子紅子さんの作品は、なんといっても繊細なタッチ感と、見る人それぞれの気持ちを取り込めるようになるべく色を使わないように描く、というところが特徴的です。髪の一本一本がまるで生きているかのように描かれ、透き通るような無表情の女性に引き込まれ、見る人の感情が入り込める作品を世に出されています。
福王寺法林は山形県出身の日本画家です。
1920年に生まれ、現在まで多くの絵画作品を残されております。
幼い頃に父親と猟に出掛けた際に銃が暴発し、左目の視力を失ってしまう事故に見舞われますが、それにより生来の負けず嫌いからか、よりたくましく生きるきっかけになったと言います。
絵を描くことが好きだった法林は小学2年にして狩野派の上村廣成氏に師事し、16歳で画家を目指して上京します。
貧しい下積み時代を過ごしていた法林は21歳の頃に戦争へと駆り出されることになりますが、大金をはたいて岩絵具を買い「必ず生きて帰ってこの絵具で絵を描く」と誓って中国へ出征します。戦争中に壮絶な日々を過ごしながらも26歳で復員した法林は、献身的な愛子夫人の応援もあり、第34回日本美術院展覧会で初入選を果たします。その後も奨励賞や白寿賞を受賞するなど、画壇に名前を残すようになりました。
代表作である「ヒマラヤ」をテーマにした作品群は東京三越で行われたヒマラヤ展で展示された絵がネパールの王に気に入られたことがきっかけで始まりました。
8000m級の山々の過酷な環境に何度も訪れ、命を落としかけながらも描き続けた作品は、まさに法林の命が刻まれていると言っても良いほどの大作となっています。
Hime(HIME)1986年~大阪出身の現代アーティストになります。
幼少の頃は、漫画家になるのが夢で入学した京都精華大学にも筆記試験を受けず、絵の実技だけで入学する程の実力を持っていました。在学中にカメラを購入し最初クラブなどで遊びながら写真を撮っており、その後アパレル会社で働き本格的に撮影の仕事がスタート致します。
その後、自身の結婚式の際にウェルカムボードに12枚のイラストを描き、カレンダーにした物をご両親にプレゼントしたのですが、制作中とても楽しくなり「また絵が描きたい」という気持ちが強くなったそうです。
まずは、インスタグラムにてデジタルのイラストを描き、フォロワーが1年で1,000人増えないならやめようと期日を決めていたそうですが、順調に増えていき30,000程になり将来を考えていた時に、ある画廊から声がかかり、Art Fair Kyotoにて作品を発表し、本格的なアーティスト活動が始まりました。
その後、国内外のアートフェアに多数出展している今注目の現代アーティストの一人になります。
女性の絵が多いのは、ご自身が絵を描く時にテンションが上がるからだそうです。とても素直な方ですね。他にも女性の方がまつげや下まつげを描くので、HIMEさんの作風にあっているのだそうです。
濱田昇児は、大阪府出身の日本画家です。
日本画壇の重鎮である濱田観のもとに生まれた昇児は、父に日本画の基礎を教わります。その後、近現代日本画の巨匠・小野竹喬に師事し、絵画の研鑽に励みました。
1945年、京都市立美術専門学校日本画科に入学します。それと同時に、独立美術研究所にも通い、洋画家の須田国太郎にデッサンを教わります。油絵についても技量を高めていた昇児は、1950年に油絵で独立展に初入選を果たします。その後も入選を重ねますが、二年後からは日本画、それも風景画に絞って活動をするようになりました。
風景画を志したのは師・小野竹喬の影響によるところも大きいですが、その作風は昇児ならではのものと言えます。湖畔や山麗の風景を写実的に切り取り、大自然の幽玄さから清廉を投げかけてくるような、魅力的な空気感を持った絵画が特徴です。
今でも高い評価を受けており二次流通量も比較的少ない作家となります。
日本画を好む方であればその魅力に引き込まれるでしょう。
河嶋 淳司 1957年~現在 東京出身の日本画家になります。 東京藝術大学に在学中から、自身の作品発表を活発に行っており、昭和60年のギャルリー・ワタリでの個展を手始めにほぼ毎年の様に個展を開催しております。 平成6年に …
黒田悦子は日本の画家です。 1942年、宮城県・石巻市に生まれました。 1962年に女子美術大学付属中等科入学し、1968年大調和展新人賞を受賞。 1971年女子美術大学専攻科を修了、その後シェル賞展で佳作を受賞など入選 …
井上稔は1936年4月16日、京都市に生まれた日本画家です。 中村大三郎の弟子となり、日本画を学んで徐々に頭角を現していきます。 井上稔の影響かどうかは分かりませんが、兄である野々内良樹(1930~2009)ものちに日本 …
林 功(はやし いさお)は1946年の千葉県茂原市にて生まれました。 千葉県の高等学校在学中に、当時美術教師だった洋画家の山本文彦に感化されて絵の勉強を始めます。その結果千葉県の美術展で県美術会賞及び市長賞を受賞しました …
野呂介石は江戸時代後期に活躍した日本の文人画家です。 主に花鳥水墨画を得意とし、詩文にも定評がありました。 紀州藩に仕えており、祇園南海や桑山玉洲と共に紀州三大南画家と呼ばれています。また当時は長町竹石、僧愛石らと共に「 …
クリフトン・カーフはアメリカの版画家です。 家族全員が筆を執る画家一家に生まれ、カーフも幼少のころから絵に興味を持っていました。18歳の時に軍人画家として長崎の佐世保に訪れた際に、アメリカとは違う日本の文化・風習・風景に …
関野準一郎は昭和の時代に活躍した版画家です。 1914年に青森県青森市にて生まれます。旧制青森中学校在学中に木版画を製作。その後青森の銅版画家、今純三から銅版を学びます。 18歳の頃に日本版画協会展に初入選します。翌19 …
与謝蕪村は松尾芭蕉・小林一茶と並び江戸時代における三大俳人に選ばれている俳人です。 与謝蕪村は摂津国(現大阪府)で生まれ、20代の頃に江戸に下り俳諧を学びます。27の頃に俳諧の師が亡くなり下総国(現茨城県)に住みますが、 …
池大雅は18世紀に活躍した文人画家です。与謝蕪村と並び日本文人画家の祖や大成者と言われています。池大雅は数多くの名がある人物で、幼名は又二郎など。忌み名は勤や無名(ありな)、字は公敏、貨成。日常生活では池野 秋平。雅号( …
中島華陽は、江戸末期から明治にかけて活躍していた絵師です。中島華陽の活躍したこの時代は、従来の狩野派から写実性を取り入れた円山四条派が主流となっている時代でした。そんな時代に、自由な作風と独自の世界観で評価を得ていた横山 …
1836年~1902年 山名 貫義(やまな つらよし)は、現在の東京都千代田区麹町の出身で明治時代に活躍した日本画家になります。明治維新後、工部省、内務省、農商務省に測量技術をもって出仕し、明治10年代の際に再び画道に戻 …
矢野橋村は愛媛県生まれの大正から昭和にかけて活躍した南画会の重鎮です。 号は知道人、橋村、橋村子明、古心庵、大来山人とあります。 1890年に愛媛県に生まれた矢野橋村は1907年に大阪に転居します。同じく1907年に大阪 …
狩野 尚信(かのう なおのぶ 1607年~1650年)は江戸時代初期の狩野派の絵師です。狩野探幽の弟にあたります。1607年、京都にて生まれます。1623年、徳川家光が上洛した際にお目見えし、家光から絵事を申し付けられま …
梶喜一は京都府出身の日本画家で、鯉をよく描いた作家として知られています。 1904年に生まれ、16歳の時に都路華香に師事する一方で関西美術洋画研究所にも通って日本画を学びました。1924年に京都絵画専門学校に入学し、19 …
1824年~1893年 藤井 松林(ふじい しょうりん)は、福山城下の長者町の武家屋敷で誕生しました。松林は、14歳の時に、御絵図師加勢になり絵画での腕を発揮する初めと言われております。この頃から、四条派の重役だった高田 …
田能村竹田は、豊後国岡藩(大分県竹田市)出身の南画家です。 1777年に生まれ、実家は岡藩主のお抱えの医者の家系でした。しかし生まれつき体の弱かった竹田は、22歳の時に藩主から医者の道に進まなくてもよいと言われ、学問の道 …
橋本関雪は大正から昭和にかけて活躍した文人画家です。 兵庫県神戸市に生まれる。幼少のころから漢学を学び、片岡公曠について四条派の手ほどきを受けます。1913年には竹内栖鳳の竹杖会に入りさらに腕を磨きます。その後京都に移り …
久隅 守景(くすみ もりかげ 生没年不詳)は江戸時代前期の狩野派の絵師です。狩野探幽の弟子で、最も優秀な後継者と言われております。しかし守景の人生を記した資料や文献が少なく、謎が多き画家であります。生まれも不詳であり、狩 …
呉春(ごしゅん 1752年~1811年)は江戸時代中期の絵師です。四条派の始祖。初期の画号は松村月渓。呉春は京都の金座年寄役の家に六人兄弟の長男として生まれる。はじめは家業の金座を継ぎ平役を務めていた。金座は高給なため家 …
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