渡辺禎雄は聖書の物語を題材とすることで有名な版画家です。
1913年の東京に生まれ、敬虔なクリスチャン(プロテスタント)としてその生を全うしました。
1941年に型染工芸家・芹沢銈介に師事し、型染の技法を習得します。そして1947年、型染技法の初めての版画作品『ルツ物語』が日本民芸館賞を、更には国画賞を受賞しました。以降、型染版画の第一人者として知られるようになりました。
渡辺の特徴は、やはりその世界観でしょう。
師・芹沢銈介は民藝運動に参加していました。その思想は、使い手の必要に寄り添った素朴な造形美「用の美」を追求するというものであり、渡辺は芹沢から学んだ素朴な美を自身の作品に重ねました。
そしてクリスチャンである渡辺は、自身の信仰をその作品に体現します。聖書を題材に、決して西洋的ではなく、型染というむしろ日本の伝統的な技法を用いて表現される作品には、渡辺にしかない独特の世界観を感じ取ることが出来ます。
斉藤和は、京都府久美浜町出身の日本画家です。
1987年に京都市立芸術大学日本画専攻を卒業したあと、日本画家としての活動を本格化し、京都美術工芸展で大賞を受賞するなど現在まで多くの受賞履歴を残しています。
斉藤が描くのは主に風景画です。作品の特徴は、全体を柔らかく包むような青や緑の色彩描写です。月星に社、桜に風といった古来の和を趣深く幻想的な雰囲気で表現し、みる人を安らぎへ導くような絵画が印象的です。
斉藤が最初に扱い、日本画を始めるルーツとなった岩絵の具が緑青だったといいます。色味の持つ美しさを引き出し、またモチーフの厳かな佇まいを引き出すような色彩のタッチには、日本画の伝統美の最先端を感じることが出来ます。
近年も全国で個展が開催されており、目に留まる機会は少なくないかもしれません。斉藤和の作品に触れる機会がございましたら、是非作品の色彩があらわす幽玄な雰囲気をその肌で感じ取ってみてください。
宮崎次郎は1961年、埼玉県浦和市に生まれました。
1987年頃より中根寛に師事し、繊細な点描によるグラデーションの技術など節々に影響を感じることができます。
1996年~97年には文芸誌「新潮」の目次挿絵を担当、初の個展も開催しました。以降、現在に至るまで日本全国で個展を行っています。
1997年から約2年に渡って、文化庁が「将来の文化芸術振興を担う人材を育成する」ことを目的として行っている文化庁派遣芸術家在外研修員として渡仏しています。
2004年には初の画集となる「宮崎次郎画集 サウダード」を出版しました。
サウダードとはポルトガル語で郷愁、憧憬などの意味合いを持つ単語で、日本語には適訳が存在しません。
1993年頃より「リリシズムの画家展」にも出品していますが、この「リリシズム」も叙述詩的な趣や味わいを指す言葉で、サウダードと併せて宮崎次郎の絵を描く上での大きなテーマとなっています。
日没直後のような赤みの強い空にデフォルメのきいた人物画を多く描いており、寓話的な独特の世界観で「サウダード」を表現しています。
島倉 仁(しまくら じん)は1940年に新潟県で生を受けます。
島倉が美術界で名を馳せたのは、中学生の時でした。新潟県美術展にて中学生の時に入選。その後文部大臣賞、郵政大臣賞を受賞するなど若くして頭角を現します。
1960年には版画を勉強する傍ら上京し、東宝に入社します。
かの有名な映画監督・黒沢明をはじめ、伊丹十三、岡本喜八、大林宣彦作品に参加して装飾美術を体得していきます。
フリーになったのは1981年で、島倉が41歳の時でした。
アトリエを主宰し、背景画家としてテレビ、CM、映画など多くの作品を手掛け、また各地の博物館から内装壁画の依頼も殺到します。
1992年には黒沢明監督作品「まあだだよ」のエンディングに使われた夕景作品が評価され、日本アカデミー協会特別賞を受賞。93年には作品制作を開始し、第1作『トレメンダス』を発表。全国各地で展覧会も行われます。
95年には国際エミー賞、2005年には文化庁映画功労賞、第50回映画の日永年功労賞を受賞するなど様々な賞を受賞します。
ゴジラシリーズやウルトラマンシリーズの空や雲は島倉の手掛けたものであり、それが知られると週刊誌やテレビ、新聞など幅広く周知されるようになります。
特に評価が高いものが「空」と「雲」で、雲の描き手としは業界の第一人者という異名を持つほどです。
木村 荘八は、東京都生まれの日本を代表とする洋画家の一人です。
父の荘平は、明治中期に牛鍋屋を創業した当主で、弟は、作家や映画監督と、
多彩な方面で、活躍されているご家族がいらっしゃいます。
文学や演劇に関心を持っていましたが、長男の許可を得て、白馬会葵橋洋画研究所に入って岸田劉生を知り、1912年に、フュウザン会の結成に加わり、
『虎の門付近』など革新的な作品を発表しました。
また、当時から文筆の才に優れており、多くの西洋美術書の翻訳を始めます。
1915年には、岸田劉生、中川和正らと草土社を創立、1922年には、春陽会創立に客員として参加し、のちに中心的な会員として活躍します。
昭和初期の代表的作品『パンの会』『牛肉店帳場』などは春陽展に発表しており、油絵のほか、『にごりえ』『霧笛(むてき)』などの挿絵も得意とし、数々の成績を収めております。
洋画家の一面もございますが、日本の伝統文化を描いた挿絵画家・日本画家の顔もあり、特に東京の下町風俗を描いた挿絵は大変高い評価をされていて、大衆の方にも、大変人気だったようです。
作品を見ると、その情景がすぐに思い浮かぶ、非常に魅力的な作品ばかりでございます。
フランシスコ・マッセリアは、アルゼンチン生まれの油彩画家です。
画家として活躍する前は、工業デザイナーとして活躍しており、
1962年、ローマに移住し、絵画創作に力を注いでいきます。その後、パリにもアトリエを構え、また、イギリスの陶磁器で有名なロイヤル・ドルトンの陶器絵付もしており、才能を大いに発揮しております。
ヨーロッパ各国、アメリカ、カナダなど、世界各地で展覧会を開催しており、
1991年には、日本でも初めての個展を開催しました。
作品の特徴としましては、少女や女性を描くことが多く、女性そのものを純粋な心で捉え、その思いが作品一つ一つ、顕著に表れていると思います。
表情や輪郭、髪など細かいタッチで描かれており、色使いは鮮やかな表面、フランシスコ・マッセリア独特の色彩も、観る人が惹かれる理由がすごく分かります。