三谷慎は主にブロンズ像やレリーフ彫刻を制作している彫刻家です。
三谷慎は1953年に石川県の輪島市に生まれます。
1976年には東京造形大学彫刻科を卒業後、イタリアに渡り国立ローマアカデミーの彫刻科に入学、1979年国立ローマアカデミーのファッツィーニ教室を卒業し、ダンテ・アリギェーリ国際彫刻ビエンナーレに出品、サロン・ドオトンヌにも出品します。
1981年にはダンテ・アリギェーリ国際彫刻ビエンナーレ招待出品を経て、1982年にローマで個展STUDIO Sを開きます。
1985年には日本橋高島屋・輪島市文化会館で個展を開きました。
その後1988年までイタリアで活動していました。
1988年に帰国して群馬県に移り個展を多数発表、現在も製作活動を続けており、国内のみならず国外からも注目されている人物の一人です。
横山白汀は、明治34年井波町で生まれの木芸家。
日展という日本最大の総合美術展覧会の評議員でもあります。
井波彫刻の名家、横山作太郎の長子として生まれ若くして木芸の道に進みます。そして昭和16年第4回文展に「木目込屏風」が入選それ以来、井波彫刻に美術工芸の価値を底上げし今の歴史的価値、芸術的価値を築き上げた先駆者でもあります。
新日展第2回(昭和34年)、第7回(昭和39年)では審査員をつとめ、昭和45年改組第2回日展「鎮魂歌<漆>三曲屏風」が会員中の授賞として桂花賞に輝きました。
その経歴から井波美術作家協会、現代工芸美術協会、富山会富山県工芸作家連盟の各委員長を歴任しました。井波彫刻においての重要人物です。
冨木宗好は明治の自在置物作家です。
自在置物とは、銀や鉄、銅などを用いて甲殻類や虫、鳥などの生き物を写実的に作り、さらに体節、関節などを本物と同じように動かすことのできるもののことを言います。
始まりは、江戸時代の甲冑師によって、武具の需要がなくなったことから余った素材で作られたといわれており、明治から昭和にかけて冨木家や高瀬好山が中心となり量産されたものが欧米へ多く輸出され、当時は日本よりも欧米での人気が高くなりました。
宗好の記録は多くはありませんが、幼少期に父を亡くし、自在置物の金工である高瀬好山のもとで育ち、好山の作品を朴炭で研ぐ毎日を過ごすなど、当時から好山の工房に携わっていたようです。
好山の作品は国外へ多く輸出されていたこともあり、海外からの評価も非常に高く、また好山は制作にはほとんど携わっておらず、冨木家が主に制作していたという話もあり、幼いころから工房で腕を磨いていた宗好も国内外を問わず高く評価されております。
宗好の作品は銀を加工したものが多く、蘭の花や伊勢海老の置物などが有名で、銀で作られているにもかかわらず本物と見間違えそうなほどの精巧な作りが高い評価を受けています。
フランソワ=オーギュスト=ルネ・ロダンは、フランスの彫刻家です。
1840 年にパリで生まれ、十代の頃より芸術を学びますが、彼の経歴が花開いたのは40歳前後の頃からになります。
1880年に赴いたイタリア旅行にて、ミケランジェロの彫刻に感銘を受けた彼は、帰国後すぐに彫刻の制作に取り掛かります。
そして完成した『青銅時代』がフランスのサロンで注目を集め、フランス政府が買い上げました。この出世作を契機に、ロダンは重要な作品を次々と制作し、名声を高めていくこととなります。
ロダン以前の彫刻は高名な貴族や偉人、神話をモチーフとしたものが基本でしたが、ロダンは等身大で一般的な人間という、当時では考えられないようなモチーフを扱い、美術界に当惑と感嘆をもたらしました。ロダンの影響は世界的に広がり、フォロワーを多く生み出し、彫刻の歴史はまさしく変革を起こしました。これが、ロダンが「近代彫刻の父」と呼ばれる所以です。
有名な「考える人」をはじめ、ロダンの作品は日本含む世界中で多く現存され、愛されています。
天野タケルは日本の画家・彫刻家です。
世界的に有名な画家でありイラストレーターである天野喜孝の息子になります。
日本だけでなく、フランスのパリ・イギリスのロンドン・アメリカのニューヨーク・香港などで個展を開催しており世界的な注目と人気を博しています。
天野タケルは、1997年に渡米しアメリカ、ニューヨークで版画を学びます。ニューヨークで培った技術と発想で「NEW ART」と呼ぶ独自の表現方法を確立させました。「NEW ART」は宗教画や静物画などの伝統のある題材とポップアートを融合させたもので、黄色やピンクといったビビットな色彩を背景にシンプルな線で描く人物画や、どくろやろうそくによってはかなさを表した作品となっています。ポップで明るくシンプルな作品は万人に受けるですが特に若者への反響が多く、CDジャケットやアパレルブランドなどとコラボするなど多くの注目を集めています。
モチーフは様々で、人物画、静物画、風景画、抽象画、などいろんなジャンルを描いています。さらには作風も様々で平面、立体、アクリル、スプレーなど、型にとらわれることなくいろんな技法で常に新しいアート作品を生み出しています。そんな多くの作品がある中で特にVenusシリーズが人気です、鮮やかな色彩の中に単調な線で描かれる女性をモチーフにした作品シリーズです。日本でも天野タケルのVenus展が開かれるなど天野タケルを代表するシリーズとなっています、ちなみにその展覧会ではブロンズや真鍮製の立体アートが展示されたりなどもしています。
籔内佐斗司は日本の彫刻家です。奈良県のマスコットキャラクターせんとくんの生みの親として世間に広く認知されています。
1953年に大阪市に生まれる。1978年東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。彫刻家としての第一歩を踏み出す。1982年~1987年まで東京芸術大学大学院美術研究科保存修復技術研究室に勤め、仏像などの古典技法を研究し保存修復などにも参加しました。
1987年から彫刻家として活動を開始して数多くの作品を手掛けます。
また籔内佐斗司の作品にはパブリックアートも多く、その特徴的な作風から観光スポットや待ち合わせ場所などに活用され広く愛されています。
さらに広く世間に認知されたのはやはり奈良県のマスコットに起用されたせんとくんを生み出したことでしょう。
特徴的な作風を見事にマスコットに落とし込みブームのきっかけ作りに成功しました。
また籔内佐斗司は木彫りの型から鋳造を行いブロンズ作品制作も行っており、早い段階からブロンズにエディションナンバーを設け、価値を高めています。
人気は上がる一方であり、これからが大変楽しみな作家です。