西中 千人

西中千人は和歌山出身のガラス工芸家です。

大学時代は薬学を専門としていましたが、卒業後はクリスタルガラスメーカーに勤務した後、アメリカに留学してカリフォルニア芸術大学で本格的にガラス造形を学んでいます。帰国後は日本唯一の公立グラスアート専門学校・富山市立富山ガラス造形研究所で助手を務めた後、1998年に独立して「ニシナカユキト GLASS STUDIO」を設立しています。

その作品は、従来のガラス工芸とは全く違う特徴を持っています。「呼継」という陶器の修復方法を参考に、様々なガラス片を、あえてその割れ目を強調するような形で接合していきます。その形は、古来より日本に存在する独特の美意識「不完全の美」を、現代へと継承しているものといえ、さらにその豊かな色彩と光を通すガラスという材質によって、新たな美へと進化をとげています。また日本の伝統文化を大切にする作風から、作品に茶道具が多いのも特徴です。陶器にはないガラス特有の色が、伝統的な形と交わるその姿は、現代の日本美術の姿といえるのかもしれません。

五代 伊藤 赤水

五代伊藤赤水(本名・窯一)は無名異焼窯元・赤水窯の代表であり、人間国宝に認定されている人物です。

1941年、四代赤水の長男として生まれ、京都工芸繊維大学窯業工芸学科を卒業し、家業を受け継ぎました。祖父である三代赤水にその技術を学び、1977年に五代目を襲名します。また1972年の日本伝統工芸展入選から始まり、国内の作品展でその実績を積み重ねていきます。1980年代になると、アメリカのスミソニアン博物館をはじめとした、海外の博物館にも作品を出品し、世界的にも知られるようになりました。

無名異焼は、原料となる酸化鉄を多く含んだ赤土を高温で焼成することでつくられ、作品は赤土の色となるものですが、五代赤水はこれを黒く変色させる「窯変」、異なる色の土を重ね、その断面で模様をつくる「練上」の技法を完成させました。

その功績と技法、そして江戸時代から続く伝統が評価され、2003年に重要無形文化財「無名異焼」保持者に認定されました。

千 宗旦

千宗旦は茶人・千利休の孫にあたる人物です。千家三代にして現代まで残る三千家の素であり、茶道の基礎を築いた茶人となります。

宗旦は1578年に生まれ、幼いころは大徳寺にて禅の修行を行い、千家再興後に戻り、利休のわび茶の普及に努めます。1600年頃には家督を継ぎ、息子たちを各大名家へ仕えさせました。自身は政治との関わりを避け、わび茶を極めることを選び、晩年には床の間すら設けず、わずか一畳半という究極の茶室を建てています。

息子たちはその後、次男が武者小路千家、三男が表千家、四男が裏千家をつくり、茶道の代表流派として現代まで受け継がれています。

宗旦の残した書、花入れ、茶杓などは現在も高く評価されており、愛好家垂涎の的となっています。

中里 隆

中里隆は佐賀県出身の唐津焼陶芸家です。

父は唐津焼の人間国宝・十二代中里太郎右衛門で、幼い頃より父から陶芸を教わりました。その後は京都市立工芸指導所、京焼の松原栄一、佐賀県窯業試験場の井上萬二などに指導をうけます。

1961年には第10回現代日本陶芸展にて第一席を受賞しています。1960年代は世界各国を巡り、様々な陶芸・芸術に触れました。1971年、種子島に窯を建て、種子島焼を自ら創始しました。間もなく唐津に戻り、本拠となる隆太窯を築窯します。さらに福井や沖縄でも作陶しています。その後も国内外問わず様々な場所へ赴き、視察や調査を行ってきました。現在も精力的に海外を周って作陶に取り組んでいます。

唐津焼の作家ではありますが、その作風は従来の唐津にはない豪快さと、海外技法を取り入れた独特な風合いで多くの人々の間で人気となっています。どこかで中里隆作品に触れる機会がございましたら、是非その魅力を味わってみてください。

鯉江 良二

鯉江良二は愛知県常滑市の陶芸作家です。アルバイト中の事故で、右手の指を2本失うというハンデを抱えながらも、精力的に制作に取り組み続け、その独創的な発想で、従来の焼き物の枠組みを超えた自由な作風が特徴となっています。

青年時代の鯉江は、県立常滑高校窯業科を卒業し、タイル工場で勤務していました。しかし、24歳の頃工場を辞め、常滑市立陶芸研究所へ入ります。ここで5年間本格的に陶芸について学び、退所後独立して陶芸家としての道を歩み始めました。伝統に捉われず、ときには前衛的でもある鯉江の評価は高まっていき、1970年の大阪万博では大型陶製ベンチの企画・制作を行っています。その作品は海外でも評価され、1972年の第3回バロリス国際陶芸ビエンナーレ展では国際名誉大賞を受賞したほか、国外での展覧会・講演なども行っています。2008年には日本陶磁協会賞金賞を受賞しました。

制作スタイルはまさに自由奔放で、日常使いの型の決まった陶器をあえて崩してみたり、代表作『土に還る』では自身の顔を石膏型でとり、シェルベン(衛生陶器のリサイクル用粉末)で焼き固めるなど、従来の陶芸にこだわらない独自の作品を生み出しています。

代表作としては他に『マスク』『チェルノブイリシリーズ』などがあります。

杉本 貞光

杉本貞光は茶器制作で有名な陶芸家です。大徳寺の立花大亀老師より作陶の指導を受け、その作品は海外でも高い評価を受けています。そのため個展も日本のみならずアメリカやドイツといった海外でも開催されています。

杉本は桃山時代の侘び寂の表現に重きを置いており、その作品は信楽・美濃・伊賀・織部・志野・高麗など様々な焼き方で制作されています。

そのものの個性と無作為の現象による変化。そこから生み出される作品は、とても現代のものとは思えない深い味わいを持っており、その魅力はまさに万人を惹き付ける「侘び寂の美」としての品格であるといえます。

ただ懐古に浸るのではなく、桃山様式を現代的に再現した杉本の作品は、まさに現代茶陶の最高峰といえるのではないでしょうか。

神坂 雪佳

神坂雪佳は、絵師としてだけでなく、優れた工芸品デザイナーとしても明治から昭和にかけて活躍し、京都の地で琳派の復興に大きく貢献するなど、多くの功績を残しました。また、その典雅な作風によって海外でも非常に高い評価を受けている …

細川 護煕

細川護煕は、第79代内閣総理大臣として日本の政権運営を務めた人物ですが、一方で芸術に対する造詣も深く、政界引退後の現在は陶芸家として活躍しています。 旧熊本藩主細川家の18代目として生まれ、大学卒業後は新聞記者として勤務 …

入江 光人司

ここでは入江光人司の作品についてご説明します。 備前焼で主に宝瓶(ほうひん)を制作している数少ない作家です。 宝瓶とはお茶を入れる急須の一種であり、取っ手が無いので片手で両端を持ってお茶を注ぐ茶器のことです。 入江氏の作 …

音丸 淳

音丸淳は香川県出身の漆工芸家です。父は人間国宝、音丸耕堂で、幼い頃よりその技術を学んでいました。1951年の日展で初入選を果たし、その後も4回入選しています。東京美術学校工芸科を卒業後は、イタリアへ留学し、ブレラ美術大学 …

田原 陶兵衛

ここでは萩焼深川窯と田原陶兵衛家についてご説明します。 萩焼は、文禄・慶長の役にて日本に渡来した朝鮮李朝の陶工、「李勾光」と「李敬」が17世紀初頭に李朝前期の陶技を以て安芸の広島から萩に渡り、松本中の倉に開窯した萩藩御用 …

石黒 光南

石黒光南(本名:昭雄)は金工・銀工作家として非常に有名な人物です。ふんだんに使われた金や銀の豪華さがある一方、その作品の姿は端麗に仕上げられており、素材に比して非常にシンプルなつくりとなっています。 また、石黒光南は初代 …