高木 公史(たかぎ こうし)1959年~現在
東京生まれの画家になります。
『生きている絵画』
高木さんの絵は、清々しい雰囲気があり、まるで生きているかのような空気感が感じられます。
モデルになった女性、子供等の人物や自然への深い思い、愛情が伝わってきます。
人物画に関しては、切れば血が出るというな絵が、名画だと語った評論家もおりますが、
高木さんの作品は、血が出るだけでなく、絵に宿る魂が奪われ、モデルたちの思いや声が聞こえてくるかのような迫力がございます。
高木さんのベースとなっているのが、アウグスト・サンダー、ベッヒャー夫妻、トーマス・ルフらの即物的写真表現への共鳴になりますが、その驚異の細密描写で、彼らの表現をも乗り越えようとしております。
人物から花々まで、生きとして生きるものたちへの深い愛情と洞察から生まれる油彩、鉛筆、ペンによる生命感に満ちた瑞々しい作品が、多くのファンを虜にしている要因の一つだと思います。
言わずと知れたフランス人画家の巨匠。世界的に認知度の高い画家です。
ミッシェル・ドラクロワは1933年のフランス・パリに生まれ、幼少期は木々や花々と触れ合いながら育ちました。1950年からはエコール・デ・ボザール(高等美術学校)で学び、舞台美術などの仕事に携わりました。
1960年頃にはフランスとドイツ、二つの美術学校で教授となり過ごします。教授としての過ごす傍ら自身の製作も進め、この頃から今の作風に近い作品を作るようになります。
その後作風が認知され始め、色んな展覧会に出品し受賞歴を残します。そこからアメリカに渡り、アメリカの作品展に出品しさらなる名声を得ることになります。その後アメリカから招待をもらったことをきっかけに教職を辞め渡米、アメリカで執筆作業に力を注ぎます。その後もオリンピックとワールドカップの公認アーティストに選出されるなどし、フランスを代表する巨匠として地位を確立しました。
ドラクロワといえば、<フランスの風景>を題材にした絵画作品が有名です。劇場で観客席から舞台を見るような平面的な構図は、遠近法を多用しないことにより鑑賞者に親しみを持たせるための表現様式と言えます。このような様式は日本画の表現方法に近く、日本人に馴染み深いためバブル期から2000年代にかけて爆発的な人気がでました。当時に比べると評価が下がってきておりますが、現在でも需要が高い作家の一人です。
パリのナイーブ美術館を始めいくつかの美術館で、永久保存作品として展示されています。パリの街並みを描いた作品は世界的にコレクターがおり、数多くの方が所有されています。
古吉 弘(ふるよし ひろし) 1959年~現在
1959年生まれの広島県広島市出身の洋画家になります。
京都芸術短期大学に在学中に「大徳寺絵画研究所」に通っておられました。
1980年に卒業され、8年後に花と女性美展にてグランプリを受賞されます。
以後、高島屋、三越等の百貨店にて個展を開催し2000年には、小磯良平大賞入選をされました。
2003年には第一回アートアカデミー賞入賞、2005年アメリカ合衆国アート・リニューアルセンターにて、国際公募人物蕪尾門一等賞を受賞致しました。
2010年クリスティーズのオークションにて、作品「Julien」がオークション最高額549万円で落札され、世界から注目を集めることとなり、2013年の同オークションで「MAYA」が815万円で落札、一夜にして号160万円の作家になった逸材の方になります。
1800年代後半から1900年代に活躍したフランスの画家。街並みや教会、運河などパリの風景を多く描いていました。建物などの壁面の色に使用された白色が特徴的な作品を描きます。一般的には、初期の作品より技術が上がる晩年の作品の方が人気がありますが、こちらの作家はアルコールに溺れていた初期作品の方が評価が高い傾向にあります。
20歳前後の頃モンマルトルで絵を描き始めた頃は、独学で絵の勉強をしていました。その頃用いていた技法は、印象派の画家カミーユ・ピサロやアルフレッド・シスレーが得意としていた点描技法を用いて描いていました。
1909年の春以降、光の明暗が特徴の作品を描いた時期「白の時代」と呼ばれておりモーリス・ユトリロの全盛期とされています。10年ほど続いた白の時代が終わり、作品内のフォルムを幾何学化して表現した作品を描いた「色彩の時代」へと移り変わります
。モーリス・ユトリロの肖像画や写真では髭を生やしている姿が印象的ですが、晩年にはトレードマークであった髭を剃ってしまったそうです。アルコール依存症になるほどお酒が大好きでしたが、体はとても健康的で71歳の長寿を全うしました。
画面に映える目の覚めるような赤色。洋画家・寺井重三の描く作品は、光に照らされた主役を生き生きと映し出します。
寺井は1928年石川県に生まれます。大学は金沢美術大学に進学しますが、当時は日本画科に在籍し、学生時代のうちに日本画で日展入選を果たしています。しかしながら、画業の道は厳しく、小学校の教員で生計をたてていたようです。20代後半になる頃、日本画から洋画へ転向。洋画家の木下孝則に師事しました。寺井の作品・モチーフにはこの木下の作風の影響が大きく、バレリーナや静物など画題での共通点もみられます。また木下が創立に参加した一水会の会員にもなりました。
踊子・バレリーナの主題を得意とし、張り詰めた緊張感や優雅な動きまでを描き出した他、静物画では色鮮やかな花、特にバラを得意としています。
1980年の日展特選を筆頭にその評価を高め、1991年には故郷・石川県珠洲市の文化功労賞を受賞。1999年には紺綬褒章も受章しました。
鈴木政輝は1924年生まれ、長崎県島原出身の油彩画家です。
1938年に上京して洋画家・島野重之に師事し、絵を学びました。終戦後は海外に渡航し、本場の絵や風景から多くのインスピレーションを受けます。また同時に海洋学や帆船の構造についても学んでいます。専門的に海洋学を学んだ経験から、船の細かい表現などに妥協が無くこだわりと愛着を感じます。帰国後は海洋関係のイベントに招かれる機会も多く、海洋関係の博物館にも作品が収蔵されています。
鈴木政輝は「船」を人生のテーマとして描き続け、そのモチーフや画力が評価される実力派作家です。
船には歴史がありロマンがあります。大海原を行く船は人生の希望を与えてくれるように感じ、様々な想いを巡らす事が出来ます。空は青く描かれている事が多く、ポジティブな気持ちにさせてくれます。
鈴木政輝は主にバルビゾン派絵画を学んでおり、自然主義的な風景画や農民画を写実的に描いています。また帆走中の船の印象が強いですが、帆を下して夕景に佇む船や、森や街・港を描いた作品も存在します。港を描いた作品は、夕日をバックに帆船や小型船などを描いた日常に近い温かみのある作品となっています。