上野 憲男

上野憲男は北海道出身の抽象画の作家です。10代で自由美術展へ初出品、初入選するなど、若かりし頃から高い才能を発揮していました。

その後は美術会の会員になるなど確かな地盤と評価を受け、執筆作業に力を入れることができました。この頃から特徴的な青を基調にし、文字や記号を浮遊させた独自性の高い作品を生み出すようになりました。

また「種子と惑星」シリーズを作成し強烈なオリジナリティーを確立しました。
作品から感じる情報は少なくもあり多くもある、ただの記号や文字、何でもない落書き、数式、はたまた世界の理や、死生観、どれが作品について言い表すのに正しいのか、はたまたどれも正しくないのか、見方や考え方は人それぞれです。

作品の執筆意欲は高く他にもシリーズ作品を発表し、物語を感じさせるシリーズや、新しい挑戦として青以外の原色を大胆に用いたシリーズなど、バイタリティ溢れる活動をしておりました。

上野憲男は自由な作風で自由に作品を作り続けた作家でしたが、2021年6月に心不全にてこの世を去りました。

自由と美を愛する気持ちは生き方と作品から感じられる、そんな感覚を与えてくれる作家です。

河嶋 淳司

河嶋 淳司 1957年~現在

東京出身の日本画家になります。
東京藝術大学に在学中から、自身の作品発表を活発に行っており、昭和60年のギャルリー・ワタリでの個展を手始めにほぼ毎年の様に個展を開催しております。
平成6年には、百貨店で有名な高島屋のコンテンポラリー・アート・スペースや中野東急、川崎・所沢西武などでも個展を開催する等、百貨店からも評価をされている作家になります。
北辰画廊という銀座にある画廊で、毎年「三人展」を開いており、グループ展にも意欲的に参加し、日本国内外の「今日の日本画展」、「現代の日本の屏風絵展」等の展覧会にも選ばれて出品しております。

江戸初期の画家、宗達などの伝統絵画を学んでおり日本画素材とも真剣に向き合い取り組む一方、心理学も同時に勉強されております。中でもユング心理学を学んでおり、人の心の働きや意識のコントロールや認識を超えた無意識の動き等に注目し、人間の内面的な部分にも働きかける作品を制作しております。

そんな河嶋 淳司さんの作品には、単に動物を描いているだけでなく見る人によって作品のとらえ方が違って見えるのも魅力の一つかも知れません。

西村 計雄

西村計雄さんは1909年の北海道出身の画家です。

幼少の頃から画家になることを志し、1929年に東京藝術大学に入学をしました。同期として岡本太郎さんや東山魁夷さんがいます。
この頃は家族をモチーフにした作品を手掛けており、戦後である1949年からは早稲田中学校・高等学校の教師をしておりましたが、1951年には単身渡仏をします。パブロ・ピカソの画商であったカーンワイラー氏と出会い、1953年パリを中心としたヨーロッパ各地での個展を開催いたし、作品の多くをフランス政府が買っていきました。1971年にフランス芸術文化勲章を受勲を致しました。1973年広島県にあります「広島平和記念資料館」300号の作品を寄贈されました。その後8年の歳月をかけ、300号の大作を20点作成してきました。
1990年、1992年に「西村計雄美術館」が2店オープンします。1995年には自身の地元でもある共和町に100点を超える絵画を寄贈します。これをきっかけに1999年地元の北海道共和町に「西村計雄美術館」が作られ、後に絵画5000点や愛用していた道具など数多くのものが寄贈されています。
2000年アトリエにて逝去されました。

てぃんくる

てぃんくるは、日本のイラストレーターで、漫画家の集団です。

結成時は5人組で活動しており、その後2003年「Cafe Little Wish」作成時に、はるかぜせつな、ベルの2名で活動を開始します。2010年にベルが病気のため脱退します。2010年から2018年現在は、はるかぜせつなが個人で活動を続けており、同人活動では、サークル「てぃんかーべる」を主催しています。

はるかぜせつな(男性)は、11月27日生まれで、サークル「てぃんかーべる」を1996年に立ち上げ、その後、ペンギンワークスに入社します。「眠れる森のお姫さま」原画メンバーで5人合わせ「てぃんくる」と上司に命名され、現在は「てぃんくる」「はるかぜせつな」の両名義でフリーのイラストレータとして活躍をしています。

イラストレーターの中でも、非常に人気が高く、版画展などでも、長蛇の列が出来る人気作家です。

代表作
・『ロウきゅーぶ!』2009年~2014年
・『天使の3P!』2012年~2018年
・『ぽけっと・えーす!』等があります。

 

谷口 和正

谷口和正は、1957年兵庫県に生まれの油彩画家です。

1981年信州大楽農学部を卒業後、1998年~2005年に真砂美塾に入塾されています。

谷口は、自身を「居酒屋派」と名乗っておられます。これはご自身が敬愛なさっている谷内六郎画伯が自ら「駄菓子屋派」と名乗っておられたのに感動し、自分に合うものは無いかと考えて、サラリーマン時代を振り返って思いついたフレーズだそうです。
社会に出てから自分のやりたいことを見つけ、邁進されている画家です。

また理念として、日頃見慣れた風景の中で或る日突然更地の出現に気付かれ、ご自身が子供の頃見た日本の風景、今描いて残しておかねば無かったことになるだろう風景の記憶を辿りながら描いてらっしゃいます。そしてご自身の頭の中にあるものをできる限り後世に残すべく、現在も個展を開くなど精力的にご活躍していらっしゃいます。

藤林 徳扇

藤林徳扇は延宝8年(1681年)より宮内庁御用達の錦の御旗の織り匠として代々名を継承している着物作家です。その中でも12代藤林徳扇は着物の製作だけではなく絵画なども世界で評価されています。
また芸術界のノーベル賞と表現されるユネスコ・パリ 本部認定のユネスコ・グリーティング・アーティストとして連続して選出されるなど、トップアーティストとして活躍していました。

徳扇の描く絵は特徴的でキャンバスには本金糸や本プラチナ糸が使われており、時がたっても変色が少ないです。また五大宝石をパウダー状にした上で絵の具化するなど独自の特殊な技法で様々な着物やアートを創作しております。

創作理念は「優雅」「格調」「貴品」、そして「見つめられる着物」として創作されており藤林徳扇の作品はどれも思わず見とれてしまうような作品が多く見受けられます。ローマ法王の前で弥勒菩薩像のアートも収蔵しており、世界でも著名な作家であることがうかがえます。

黒田 悦子

黒田悦子は日本の画家です。 1942年、宮城県・石巻市に生まれました。 1962年に女子美術大学付属中等科入学し、1968年大調和展新人賞を受賞。 1971年女子美術大学専攻科を修了、その後シェル賞展で佳作を受賞など入選 …

田中 阿喜良

田中阿喜良(本名:中島阿喜良)は1918年8月20日8月20日に大阪府で生まれた洋画家です。 彼が生まれた時代は第一次世界大戦の終わり。 この後に世界恐慌が発生し、第二次世界大戦へと向かっていく、軍国主義、全体主義という …

山田 昭雲

昭和20年代の初めごろ、農業をしながら木彫に励んでいた初代山田昭雲。 そこへ訪ねてきた棟方志功に版画を勧められた際、彫刻刀で彫り進める棟方とは違いノミを金槌で叩きながら刻む様子に「叩き彫り」という表現をされた事で「叩き彫 …

井上 稔

井上稔は1936年4月16日、京都市に生まれた日本画家です。 中村大三郎の弟子となり、日本画を学んで徐々に頭角を現していきます。 井上稔の影響かどうかは分かりませんが、兄である野々内良樹(1930~2009)ものちに日本 …

渡辺 武夫

渡辺武夫は出生地が東京都墨田区、出身地が埼玉県浦和市の洋画家です。 幼少期に東京都墨田区から埼玉県浦和市に移り住み、現代での高校2年生の時には画家になる決意を固めて、東京美術学校に入学をします。在学中である1938年に光 …

遠藤 昭吾

遠藤昭吾は、東京都生まれの洋画家で、川端画学校、阿佐ヶ谷洋画研究所で油彩画の基本を学びました。川端画学校は1909年(明治42年)に東京都小石川下富坂町に日本画家の川端玉章が創立した私立美術学校です。太平洋戦争の最中に廃 …

鈴木英人

鈴木英人は、福岡県出身のイラストレーターです。 1980年頃にイラストレーターとしての活動を始め、ラジオ雑誌や企業の広告カタログの表紙、英語教科書やミュージックアルバムの表紙など様々なイラストを手掛けていきました。 鈴木 …

中西 繁

中西繁は、東京都神田で生まれた洋画家です。 東京理科大学工学部建築学科を卒業した後、建築家となり数々の設計を手掛けました。建築家として働く一方画家としても活動し、建築家と画家の二足の草鞋を履いて活動していました。 199 …

疋田 正章

疋田正章は1978年生まれ京都出身の洋画家です。大学は立命館大学の理工学部ロボティクス学科に入り卒業。卒業後は立命館大学大学院に進みますが、2004年に中退。絵描きとしての才能だけでなく、理系分野の高い頭脳を持っている洋 …

林 功

林 功(はやし いさお)は1946年の千葉県茂原市にて生まれました。 千葉県の高等学校在学中に、当時美術教師だった洋画家の山本文彦に感化されて絵の勉強を始めます。その結果千葉県の美術展で県美術会賞及び市長賞を受賞しました …

松本 零士

松本零士は、「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」など多くの作品が年代問わず認知されている漫画家となります。松本さんといえばSF作家として知られていますが、様々なジャンルの漫画を描かれてきました。誰もが知る大作家となられた …

木下 孝則

木下孝則は、東京都出身の大正~昭和時代に活躍した日本の洋画家です。 絵に興味を持ったきっかけは、母方の祖父でもあり西洋美術史家でもある小島喜久雄の影響でした。木下は勉学に秀でており、大学は京都大学法学部に入学します。さら …

金子 國義

金子國義は埼玉県出身の油彩画家です。 織物業を営む家庭の四男として生まれました。家庭は比較的裕福で、幼少期から図画工作に優れ、バレエも習っていました。少年時代からその才能が光る存在でした。   中学・高校を卒業 …

水森 亜土

水森亜土は、イラストレーター、歌手、女優、画家、作家など多くのジャンルで活躍しており、ご存じの方も多いかと思います。水森亜土の名を多くの人が知るようになったのは、NHKの教育番組にレギュラー出演してからではないでしょうか …

高光 一也

高光一也は、石川県金沢市生まれの洋画家です。 戦後日本の洋画壇を代表する画家の一人として活躍しました。また金沢美術工芸大学教授、石川県美術文化協会理事長・顧問、石川県美術文化振興協議会委員などを歴任され、石川県の美術教育 …

野呂介石

野呂介石は江戸時代後期に活躍した日本の文人画家です。 主に花鳥水墨画を得意とし、詩文にも定評がありました。 紀州藩に仕えており、祇園南海や桑山玉洲と共に紀州三大南画家と呼ばれています。また当時は長町竹石、僧愛石らと共に「 …

松任谷 國子

松任谷國子さんは、本業を画家としながらも、1960年代にタレントとしてデビューし名が知られるようになりました。タレント業の傍ら展覧会に出品し仁科会などでの受賞歴を残します。1966年にはローマに留学ヨーロッパを中心に展示 …