
北大路魯山人のすごさは、書・陶芸・料理・篆刻・絵画と多方面で活躍したという「活動の広さ」だけにあるのではありません。真にすごいのは、そのすべての分野において、技巧や形式、肩書きや権威ではなく、「作り手の精神・見識・中身」こそを評価基準とする姿勢が、生涯を通じて貫かれていたことです。
今回は、この妥協のない基準がどのように表れていたのかを、魯山人自身の言葉から具体的に見ていきましょう。
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書家として|中身のない書を痛烈に批判
魯山人は随筆『美術芸術としての生命の書道』の中で、書を2種類に分けています。一つは、手本の形をなぞるだけの「書家の書」。もう一つは、型よりも個性、技巧よりも精神を映し出す、「生きた書」です。前者について魯山人は、「実はみな拵え(こしらえ) ものであって、そこには生命が含まれてない生きた屍」とまで言い切っています。
別の随筆『書道習学の道』でも、当時名の知れた書家を実名で列挙したうえで、「みな芸術を解するところがないばかりでなく、美術を識らなかった」と切り捨てました。政治家や僧侶といった権威ある立場の人物の書に対しても「厚かましい心臓一つでやっていた」と評し、教養や地位が書の質を保証するものではないと述べています。
技術だけでなく人間性そのものを問うこの厳しい基準こそ、魯山人の書が今なお高く評価される理由の一つです。
陶芸家として|職人任せを拒み、自ら轆轤(ろくろ)を握った
魯山人が陶芸を始めたきっかけは、随筆『なぜ作陶を志したか』に本人の言葉で記されています。もとは食道楽が高じて、料理にふさわしい器を古美術品から探し求めるようになったのが始まりでした。大正10年(1921)ごろに「美食倶楽部」を主宰し、のちに「星岡茶寮(ほしがおかさりょう)」を経営するようになると、百人分を超える器が必要になり、京都の陶芸家たちに生地を作らせて自らは絵付けを行うようになります。
しかし、魯山人はこの分業体制に強い違和感を抱くようになりました。
「技術的に一見綺麗には作られているが、それは決して美しいものではなかった」と振り返り、職人が作った生地に絵付けだけを施し、自分の名を入れることを「詐欺の行為であった」とまで表現しています。
「陶器は絵付けよりも土の仕事(作行:さくゆき)こそが本質であり、それを他人に委ねている限り、自作とは言えない」そう結論づけた魯山人は、昭和2年(1927)に自ら窯を開き、轆轤の稽古から始めました。
随筆『私の陶器製作について』では、良い陶器の条件として土そのものの仕事を第一に置き、釉薬(ゆうやく)や模様は二の次だと述べています。さらに「創作は智恵が先じゃない、心が先だ」とも語り、技巧よりも作り手の真心を重視する姿勢は、書に対する態度とも共通しています。
志野焼の窯跡発見に際して書いた随筆『志野焼の価値』では、古志野を本阿弥光悦の茶碗と比較し、「光悦以上だという感じさえする」と評するなど、古陶磁への深い審美眼もうかがえます。
陶芸作品の詳しい特徴は、以下でも紹介しています。
料理人として|真心と素材への絶対的な信頼
料理人としての魯山人の考え方は、随筆『料理する心』に要約されています。
料理の要諦として、「真心・聡明・熱意と努力」を挙げたうえで、何よりも材料の吟味を重視しました。「美味しい料理も、立派な料理も、要は材料が根本」であり、良い材料さえ手に入れば「すでに美味い料理は出来ている」とまで言い切っています。
また、盛り付けについても「食器は食物の容れものであると同時に、趣味のきものである」と述べ、料理と器を切り離せない一体のものとして捉えていました。実際のレシピや食へのこだわりについては、以下でも詳しく紹介しています。
魯山人の料理へのこだわりについて、さらに詳しく
篆刻(てんこく)家として|看板彫りから広がった才能
魯山人の篆刻家としての活動は、養家で営んでいた看板業を手伝う中で、木版の技術を身につけたことに始まると言われています。
この経験を土台に、書家として身を立てたのとほぼ同時期に篆刻の腕も磨き、著名な日本画家の落款印や、店舗の看板を数多く手がけるまでになりました。書の稽古で培った線への感覚が、篆刻の仕事にもそのまま活かされていたことがうかがえます。
画家・漆芸家として|多方面ににじみ出た美意識
絵画や漆芸においても、魯山人は独学で腕を磨き、数々の作品を残しています。
星岡茶寮や自邸で使う調度品や食器には、絵付けだけでなく漆芸の技法も取り入れられており、「料理・器・空間のすべてを一体の美として演出する」という徹底した姿勢が貫かれていました。書や陶芸ほどまとまった言葉は多く残されていないものの、器に描かれた絵付けの多くは魯山人自身の手によるものであり、書家・篆刻家として培った線の美意識がここでも存分に発揮されています。
まとめ|「広さ」ではなく「基準」がすごい
書、陶芸、料理、篆刻、絵画・漆芸。
冒頭で述べたとおり、魯山人のすごさは「これほど多くの分野で活動した」という広さそのものではありません。分野を問わず、技巧や形式、肩書きや権威ではなく、「作り手の見識・精神・人格そのものが作品ににじみ出るかどうか」を基準にし続けたこと。この一貫した妥協なき姿勢こそが、没後60年以上を経た今も、私たちが魯山人を「すごい」と評し続ける本当の理由なのです。
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