孫 家珮は、1958年に中国・上海で生まれた画家です。
独自の油彩技法を用い、故郷の風景やイタリアをはじめとするヨーロッパの景色を繊細な筆致で描くのが特徴です。光と影を巧みに表現し、静寂の中に生命力を感じさせるその作風は、多くの人々に感動を与えてきました。
1984年に上海交通大学美術研究室を修了後、画家として活動を始める一方で、生活のために工芸品会社のスタッフとしても働きました。
1988年頃、中国の開放政策により海外渡航が可能となると日本へ渡り、数々の美術展で受賞を重ねていきます。
2001年には日本の永住権を取得し、翌年には日本現代美術家連盟の副理事長に就任しました。現在も日本を拠点に、中国やアジア各国で個展を開催し、国内外で高い人気を誇っています。
孔 柏基は、敦煌の壁画から着想を得た独自の表現が印象的な画家です。
また、幸運を呼ぶタリズマニックアートの作家としても知られています。
彼は1932年に上海で生まれ、5歳の時に絵師について中国山水画を学びました。
20歳で版画の創作を始め、西洋絵画を目指して多くの展覧会に出展します。
数年後には美術学校で教鞭を執りつつ、人物肖像画の制作も行いました。
1966年~1976年の文化大革命では、「社会主義芸術の裏切り者」として批判され、作品や画材を焼却されたうえに下放となりました。
文化大革命の終結後に創作活動を再開し、1979年には敦煌莫高窟にこもって制作を重ねながら自身の作風を確立していきます。
その後も各地で個展を開き、1986年にニューヨークへ移りました。
以降、ニューヨークを拠点に活動を続け、日本でも高い評価を得ています。
彼の作品は、油彩を中心に内面的な世界を穏やかに表現しています。
菩薩などをモチーフにした神秘的な作品が多く、観る者を吸い込むような魅力があります。
代表作には『天恵』『宝珠』『祈り』などがあります。
鈴木那奈(すずき なな)は、日本の洋画家です。京都芸術大学(旧・京都造形芸術大学)にて学び、大学院でも洋画を専攻しました。
繊細な筆致と色彩で、女性の内面性を静かに描く詩的な世界観が特徴です。
女性をモデルに、現代を生きる女性の「しなやかな美」や「孤独」を描く視線がを大切にし、油彩で多色を混合して独自のモノトーンの色調を作り出す手法を採用しています。
また、花のモチーフも多く扱っております。
展覧会「光ゆれる」では、自然光にこだわりながら、少女の内面に揺れる繊細な感情や希望、喜びと悲しみ、光と影といったテーマを約30点の油彩作品で表現しました。
佐田 勝は、ガラス絵の普及に大きく貢献した画家として知られています。
1914年に長崎市に生まれ、幼少期は台湾、熊本、和歌山、北海道、姫路、東京などを転々として過ごします。
東京美術学校油画科に入った佐田は、洋画家の藤島武二に師事しました。
卒業後は、福沢一郎を中心とした美術文化協会の結成参加、美術グループ「同時代」の結成・解散を経て、無所属になった後も作品を作り続けました。
1951年には日本ガラス絵協会を創立し、代表を務めています。
佐田は、花や鳥など自然のモチーフを中心に描きました。
力強い輪郭線と鮮やかな色彩が印象的で、ガラス絵特有の透明感や艶を楽しむことができるのも魅力の一つです。
代表作には『野霧』『デイゴ 沖縄の家』『ギボウシ・キジバト』などがあります。
油彩で花や静物画を描くことが主流の伊藤氏は、主に陽光溢れるタッチ感で、優しさと美しさを併せ持った作風が特徴的です。
1944年東京都出身で、大学卒業後は父・伊藤清永に師事し、翌年にはイタリア国立ミラノ・ブレラアカデミーに入学、ヨーロッパの地で技術を磨き、1985年には日展にて特選を受賞するなど、昭和後期から平成初期にかけて国内での活躍の場も広がっていきました。
冒頭でもご説明した通り、陽の明るさが差し込み、まるで作品の主役となる花や風景を全体的に包み込むような温かさを感じる作風が、観る者の心を掴む、魅力溢れる作品を描いています。
国吉 康雄は、アメリカを代表する日本人画家として知られています。
1889年に岡山県で生まれ、16歳のときに単身で渡米。
鉄道車庫の掃除やホテルのボーイなど様々な仕事をしながら美術学校に通いました。
1917年には展覧会に作品を出展し、画家としての活動をスタートします。
東洋と西洋の要素を融合させた独自のスタイルで注目を集め、次第にアメリカでその名を知られる存在となっていきました。
初期の作品には素朴な表現が見られますが、のちにエコール・ド・パリの影響を受け、より洗練された色彩や構図へと変化していきます。
戦争を経た後期になると、緊張感のある構図や、内面の不安・苦悩を映し出したような作品が多くなりました。
特にこの時期の作品には、不穏な空気感や観る者に問いかけるような強い存在感があります。
1952年、アメリカは移民帰化法を裁可し、アジア出身の移民一世にも市民権取得の道が開かれましたが、国吉は手続きを終える前に胃がんで亡くなりました。
アメリカに忠誠を誓いながらも日本国籍を持つ国吉は、「敵性外国人」として様々な苦難を経験しました。
彼の作品には、異国に生きる者ならではの視点や、複雑な感情が色濃く表れています。
代表作には『誰かが私のポスターを破った』『逆さのテーブルとマスク』『果物を盗む少年』などがあります。